はじめに
どのような治療にも、効果と同時に副作用やリスクがあります。ケタミン療法も例外ではありません。治療抵抗性うつ病や希死念慮に対して、比較的早い効果が期待される一方で、投与中の解離症状、血圧上昇、吐き気、眠気、長期的には依存性や膀胱障害などのリスクがあることは事実です。
ここで大切なのは、「ケタミンは危険な薬なのか、安全な薬なのか」と単純に二分して考えないことです。ケタミンは麻酔薬として長年使われてきた薬剤であり、医療現場では用量、投与速度、投与間隔、身体状態の確認を行いながら、医師の判断で使用されます。一方で、乱用目的で高用量を繰り返し使用した場合には、依存や膀胱障害などの深刻な問題が報告されています。
つまり、ケタミン療法の安全性は、薬そのものだけで決まるのではなく、「どのような目的で、どのくらいの量を、どのくらいの頻度で使うのか」に大きく左右されます。本記事では、ケタミン療法の副作用を短期的なものと長期的なものに分け、現在の研究で分かっていることを患者さん向けに整理します。
ケタミン療法でよくみられる短期的な副作用
ケタミン療法で最もよくみられる副作用は、投与中から投与後数時間以内に起こる一過性の症状です。代表的なものとして、解離症状、めまい、眠気、吐き気、血圧や脈拍の上昇、視覚の変化、多幸感などがあります。
2025年のGuoらのメタ解析では、ケタミン投与群で解離症状は18.04%、めまいは18.84%、吐き気は13.30%、視界のぼやけは9.11%に報告され、対照群より頻度が高いことが示されました。数字だけを見ると不安に感じるかもしれませんが、これらの多くは投与中から投与後の観察時間内に起こり、その後自然に落ち着くものです。
血圧についても注意が必要です。ケタミンは一時的に血圧や脈拍を上昇させることがあります。Guoらのメタ解析では、ケタミン投与後に収縮期血圧が平均13.64mmHg、拡張期血圧が平均8.97mmHg上昇したと報告されています。これは多くの場合、一時的な変化ですが、もともとコントロール不良の高血圧がある方、心疾患がある方、脳血管疾患のリスクが高い方では、より慎重な判断が必要です。
日本人を対象とした研究としては、2024年のOhtaniらの研究があります。日本人患者34名を対象に、ケタミン0.5mg/kgを40分かけて点滴し、週2回、2週間投与しました。副作用としては、解離症状(80−90%) 、血圧や脈拍の一時的上昇(50%)、めまい(40%)、眠気、倦怠感(20%)、吐き気(20%)、多幸感(20%)、視野の変化(10%)などが出現したが、2時間以内に治まったと報告さています。
このように、ケタミン療法では短期的な副作用は珍しくありません。しかし、臨床試験の範囲では、多くは予測可能で、一過性であり、適切な観察下で対応できるものと考えられます。
解離症状とは何か
ケタミン療法の副作用として、最も特徴的なのが解離症状です。解離とは、思考、感情、身体感覚、自己感覚、現実感などが、一時的にいつもと違った形で感じられる状態を指します。
たとえば、患者さんによっては、「自分の体を外から見ているような感じがした」「時間の流れが普段と違って感じられた」「体の境界が曖昧になった」「音や光の感じ方が変わった」「現実から少し離れた場所にいるようだった」と表現されることがあります。いわゆる幽体離脱のような体験、夢の中にいるような体験、身体が軽くなったり大きくなったりするような感覚も、広い意味では解離症状として理解できます。
解離症状は、初めて体験すると驚くことがあります。しかし、ケタミン療法でみられる解離は、多くの場合、薬理作用に伴う一時的な変化です。重要なのは、投与前に「起こりうる体験」として説明を受けておくことです。事前に理解しているだけで、実際に発生した時の不安は大きく軽減されます。
ただし、解離症状を単に「副作用」としてだけ見るべきかどうかは、やや複雑です。ケタミン療法では、解離や知覚変容が、普段の思考パターンや自己感覚から一時的に距離を取る体験として働くことがあります。そのため、精神療法と組み合わせる場合には、この体験を治療的に意味づけることもあります。一方で、解離が強ければ強いほど効果が高い、と単純に言えるわけではありません。解離体験を過度に求めるのではなく、安全に体験し、治療後に落ち着いて振り返ることが大切です。
長期的な副作用①依存性について
ケタミン療法を検討する際に最も注意しなければならない点の一つが依存性です。ケタミンは、レクリエーショナルドラッグとして乱用されることがある薬剤であり、依存形成のリスクは無視できません。特に、医療管理外で、高用量を、気分の変化や快感を目的として反復使用する場合には、精神的依存や使用量の増加が問題になることがあります。
一方で、精神科領域で行われるケタミン療法は、乱用とは条件が大きく異なります。治療目的で用いられ、投与量が決められ、投与間隔が管理され、医療者の観察下で行われます。また、治療効果と副作用を評価しながら、継続の必要性を判断します。
2022年のSmith-Apeldoornらのシステマティックレビューでは、維持療法としてのケタミン治療に関する3本のランダム化比較試験、8本のオープンラベル試験、30本の症例報告・ケースシリーズが検討されました。このレビューでは、治療抵抗性うつ病に対する維持療法として一定の可能性がある一方で、研究の質や長期データには限界があるとされています。安全性については、依存性、認知機能障害、腎・尿路障害は「まれ」と考えられるものの、十分な長期追跡が必要だと述べられています。
ここでいう「まれ」とは、「絶対に起こらない」という意味ではありません。ケタミン療法を継続する場合には、薬を求める気持ちが強くなっていないか、効果が切れる不安から投与間隔を短くしたくなっていないか、生活の中心が治療体験そのものになっていないかを確認する必要があります。
安全な治療では、「効いたから続ける」のではなく、「効果、副作用、生活機能、依存リスクを総合的に見て、続ける意味があるか」を定期的に考えることが重要です。
長期的な副作用②膀胱障害、ケタミン膀胱炎について
ケタミンの長期的な副作用として、もう一つ重要なのが膀胱障害です。ケタミン膀胱炎、あるいはケタミン誘発性膀胱炎と呼ばれることがあります。
症状としては、頻尿、尿意切迫感、排尿時痛、血尿、夜間頻尿、下腹部痛、恥骨上部の痛みなどがあります。重症化すると、膀胱の容量が小さくなり、尿をためにくくなったり、腎臓への影響が出たりすることがあります。
2022年のAndersonらのレビューでは、定期的なケタミン使用により膀胱炎症状のリスクが3〜4倍に増えること、また使用中止によって症状が改善することが多いことが述べられています。ただし、ここで主に問題となっているのは、医療管理下の低用量・間欠的投与ではなく、レクリエーション目的での高用量・反復使用です。レクリエーション目的の使用では、ときにケタミンが1g程度も使用されることがありますが、これは臨床用量である30−50mgの数十倍にも及びます。
精神科治療としてのケタミン療法では、投与量や頻度が管理されます。そのため、乱用例でみられるような膀胱障害が同じ頻度で起こるとは考えられていません。実際、うつ病治療に関する臨床試験やレビューでは、明らかな重篤な尿路障害は多く報告されていません。
しかし、これも「心配しなくてよい」という意味ではありません。ケタミン療法を複数回行う場合や、維持療法として長期化する場合には、頻尿、排尿時痛、血尿、夜間尿、下腹部痛などの有無を定期的に確認することが望ましいです。必要に応じて尿検査や泌尿器科的評価を行うこともあります。
認知機能や精神症状への影響
ケタミンについては、長期使用による記憶力や注意力への影響を心配される方もいます。乱用例では、記憶、注意、実行機能などへの悪影響が報告されています。一方で、医療用量での短期投与や管理された維持療法においては、重い認知機能障害は目立って報告されていません。
ただし、うつ病そのものも集中力、記憶力、判断力を低下させることがあります。そのため、ケタミン治療後にむしろ認知機能が改善したように見える場合もあれば、投与当日は眠気やぼんやり感が残る場合もあります。重要なのは、投与直後の一時的な変化と、長期的な認知機能への影響を分けて考えることです。
また、躁状態や精神病症状のリスクにも注意が必要です。双極性障害の方、過去に躁状態や軽躁状態がある方、幻覚妄想状態を経験したことがある方では、治療前の評価が特に重要です。ケタミンは一時的に知覚や思考を変化させる薬剤であるため、精神状態の安定性を確認したうえで実施する必要があります。
安全性を担保するために必要なこと
ケタミン療法の安全性を高めるためには、いくつかの条件があります。
第一に、適応判断です。ケタミン療法は、様々な副作用のリスクを伴う治療です。うつ病の重症度、これまでの治療歴、希死念慮の有無、身体疾患、服薬内容、依存症の既往、躁状態や精神病症状の既往などを確認する必要があります。
第二に、投与量と投与間隔の管理です。効果を求めて投与量を安易に増やしたり、投与間隔を過度に短くしたりすると、副作用や依存リスクが高まる可能性があります。特に維持療法では、「どの時点で間隔を空けるか」「どの程度改善したら終了を検討するか」という視点が必要です。
第三に、長期的な副作用の確認です。依存の兆候、尿路症状、認知機能、気分の波、生活機能を定期的に評価することが望まれます。短期的な安全性だけでなく、治療が長期化したときの安全性を見ていく姿勢が重要です。
おわりに
ケタミン療法の副作用は、短期的なものと長期的なものに分けて理解することが大切です。短期的には、解離症状、血圧上昇、吐き気、眠気、めまい、視覚変化などが比較的よくみられます。これらは多くの場合、2時間程度の一過性であり、投与中から投与後の観察によって対応可能です。
一方で、依存性や膀胱障害といった長期的なリスクも軽視すべきではありません。特に、医療管理の外で高用量を反復使用する場合には、深刻な問題が起こり得ます。医療用のケタミン療法では、投与量、頻度、身体状態、精神状態を管理することで、これらのリスクをできる限り低く抑えることが目指されます。
ケタミン療法は、「副作用がない治療」ではありません。しかし、どのような副作用が起こりやすいのか、どのような副作用に注意すべきなのか、どのような体制で行えばリスクを下げられるのかを理解することで、より現実的に検討できる治療になります。
不安を過度にあおる必要はありませんが、安易に安全と言い切ることもできません。大切なのは、効果とリスクの両方を正しく理解し、自分の状態にとって本当に意味のある治療かどうかを、医師と一緒に慎重に判断することです。
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参考文献
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- McIntyre R. S., Rosenblat J. D., Nemeroff C. B., et al. Synthesizing the Evidence for Ketamine and Esketamine in Treatment-Resistant Depression: An International Expert Opinion on the Available Evidence and Implementation. American Journal of Psychiatry. 178. 2021.