はじめに|うつ病は治療しても十分に改善しないことがある

うつ病には、抗うつ薬や精神療法などによって比較的順調に改善する場合がある一方、治療を続けても十分な改善が得られない場合があります。

「抗うつ薬を何種類も飲んだのに良くならない」「薬を変えるたびに少しは変化するものの、仕事や日常生活に戻れるほどには改善しない」「何年もうつ病の治療を続けている」といった経過をたどる方もいます。

このように、適切な治療を行っても十分な改善が得られないうつ病は、一般に治療抵抗性うつ病(Treatment-Resistant Depression:TRD)と呼ばれます。

ただし、「治療抵抗性」という言葉から、「治療しても治らないうつ病」「もう治療法が残っていない状態」と受け取る必要はありません。

実際には、治療が十分に効かなかった場合には、まず診断やこれまでの治療内容を見直し、そのうえで薬物療法の変更、精神療法、反復経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)、電気けいれん療法(ECT)など、別の治療方法を検討できます。近年では、従来の抗うつ薬とは異なる仕組みで作用するケタミンも、治療抵抗性うつ病に対する治療選択肢として研究されてきました。

この記事では、治療抵抗性うつ病とはどのような状態なのか、なぜ治療が効きにくくなることがあるのか、そして治療が十分に効かなかった場合にどのような選択肢があるのかを解説します。


治療抵抗性うつ病とは何か

治療抵抗性うつ病には、世界共通の完全に統一された定義があるわけではありません。

現在もっともよく使われている考え方では、治療に必要と考えられる量と期間で、2種類以上の抗うつ薬を使用しても十分な改善が得られなかったうつ病を治療抵抗性うつ病と呼びます。CANMAT(Canadian Network for Mood and Anxiety Treatments)のガイドラインでも、この定義がもっとも一般的に使用されていると説明されています。

ここで重要なのは、「抗うつ薬を2種類飲んだ」という事実だけでは判断できないことです。

たとえば、ある抗うつ薬を副作用のため1週間で中止した場合、その薬が本当に効かなかったのかは判断できません。また、治療に必要な量よりかなり少ない量しか使用していなかった場合にも、その治療を「無効」と評価することは難しくなります。

そのため、治療抵抗性を評価するときには、

「どの薬を使ったのか」

だけではなく、

「どの程度の量を、どのくらいの期間使用し、その結果どの程度症状が変化したのか」

まで確認する必要があります。

また、最近では「治療抵抗性」という表現自体にも議論があります。

「抵抗性」という言葉には、あたかも病気が治療を拒んでいるような印象があります。しかし実際には、十分な治療効果が得られない理由は一つではありません。

そのため、海外ではDifficult-to-Treat Depression(DTD:治療が難しいうつ病)という、より広い概念も提唱されています。これは単に「何剤効かなかったか」だけではなく、症状、生活機能、併存疾患、心理社会的要因なども含めて、長期的に治療を考えていこうとする考え方です。

どの程度の治療歴があると「治療抵抗性」と考えるのか

一般的には、現在のうつ病エピソードに対して、十分な量・十分な期間の抗うつ薬治療を2種類以上行っても十分に改善しない場合が、治療抵抗性うつ病の一つの目安になります。

ただし、この基準はあくまで治療抵抗性を整理するための目安です。

1剤目にほとんど反応しなかった人と、5種類以上の薬剤に加えて増強療法や精神療法まで行っても重い症状が残っている人とでは、同じ「治療抵抗性うつ病」という名称であっても臨床的な状況はかなり異なります。

したがって、治療抵抗性うつ病という診断名だけを見るのではなく、これまでどのような治療を、どこまで行ってきたのかを見ることが重要です。

治療抵抗性うつ病にも程度の違いがある

治療抵抗性は、「ある」「ない」の二つだけに明確に分けられるものではありません。

最初の抗うつ薬では改善しなかったものの、2剤目ではかなり改善する方もいます。一方で、複数の抗うつ薬、増強療法、精神療法、rTMSなどを行っても十分な改善が得られない方もいます。

一般に、これまでに効果が得られなかった治療が増えるほど、その後の治療も難しくなる傾向があります。そのため、「治療抵抗性うつ病かどうか」だけではなく、治療抵抗性がどの程度なのかを考えることにも意味があります。CANMATでも、過去の治療歴や治療反応を踏まえて、その後の治療を個別に選択することが重視されています。


「抗うつ薬が効かなかった」だけでは治療抵抗性うつ病とは限らない

抗うつ薬を何種類か使用しても改善しなかった場合、「自分は治療抵抗性うつ病なのではないか」と考える方もいるかもしれません。

しかし、実際に治療抵抗性を判断するためには、その前にいくつか確認すべきことがあります。

このような確認を行わないまま「薬が効かない=治療抵抗性」と判断すると、本来修正できる問題を見落としてしまう可能性があります。

十分な量・十分な期間の治療が行われていたか

抗うつ薬は、服用してすぐに効果を判定できる薬ではありません。

また、治療量には一定の幅があり、少量では十分な効果が現れなかった人でも、状態を確認しながら適切な治療量まで調整すると改善する場合があります。

一方、副作用が強ければ、必要な量まで増量できない場合もあります。

その場合、「その抗うつ薬が効かなかった」というより、「十分な治療を行うことが難しかった」と考えた方が適切なこともあります。

CANMATでも、治療反応が不十分な場合には、まず治療量や治療期間が適切であったかを確認することが重要とされています。

服薬を継続できていたか

抗うつ薬は、毎日の服薬を前提として治療効果を評価します。

しかし実際の生活では、薬を飲み忘れることもあります。また、吐き気、眠気、性機能への影響などの副作用がつらく、自己判断で服薬頻度を減らしている場合もあります。

これは患者さんの「努力不足」という意味ではありません。副作用や服薬方法そのものが、その人に合っていない可能性を考える必要があります。

治療反応が十分でない場合には、処方された薬の名称だけではなく、実際にどの程度服用できていたのかを確認することも重要です。服薬状況の確認は、治療反応不良を評価する際の基本的な項目の一つです。

診断そのものが適切か

「うつ状態」は、うつ病だけで起こるものではありません。

たとえば、双極性障害でも強いうつ状態が続くことがあります。双極性障害は、躁状態や軽躁状態とうつ状態を繰り返す病気ですが、患者さん自身が軽躁状態を「調子が良かった時期」と認識している場合には、その存在が診察で明らかになりにくいことがあります。

また、持続性抑うつ障害、不安症、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などが症状に関係している場合もあります。

このような場合、うつ病に対する抗うつ薬治療だけを繰り返していても十分な改善が得られないことがあります。

CANMATも、治療反応が不十分な場合には、まず診断を再評価し、特に見逃されていた双極性障害などがないかを確認することを推奨しています。

身体疾患や他の精神疾患が隠れていないか

うつ症状に影響する身体疾患もあります。

たとえば、甲状腺機能の異常、貧血、睡眠時無呼吸症候群などがあると、強い疲労感、眠気、意欲低下、集中力低下などが続くことがあります。

また、不安症、注意欠如・多動症(ADHD)、物質使用の問題などが併存していると、うつ病の治療だけでは生活上の困難が十分に改善しない場合があります。CANMATでは、治療反応不良に関連する要因として、精神疾患の併存だけでなく、貧血、睡眠時無呼吸、甲状腺疾患などの身体的要因も挙げられています。

したがって、「何種類もの抗うつ薬が効かなかった」という事実だけを見るのではなく、なぜ改善しなかったのかを改めて考えることが重要です。


なぜうつ病は治療に反応しにくくなることがあるのか

治療抵抗性うつ病の原因を、一つの脳内物質や一つの性格傾向だけで説明することはできません。

実際には、生物学的要因、心理的要因、社会的要因が重なり合って治療経過に影響していると考えられます。

うつ病そのものにさまざまな病態が含まれている

「うつ病」と診断された人が、全員まったく同じ症状を示すわけではありません。

強い不眠が中心となる人もいれば、眠りすぎてしまう人もいます。食欲が落ちる人もいれば、むしろ過食になる人もいます。

「悲しい」という気持ちよりも、「何をしても楽しくない」「何もする気になれない」という快感消失や意欲低下が目立つ人もいます。

つまり、同じ「うつ病」という診断名の中にも、さまざまな状態像が含まれています。CANMATでも、大うつ病性障害は症状や現れ方に大きな多様性をもつ疾患であるため、生物学的・心理的・社会的要因を含めた個別評価が必要であるとされています。

そのため、ある治療が非常によく効く人がいる一方で、同じ治療がほとんど効かない人がいても不思議ではありません。

不安症や発達特性などの併存が治療に影響することがある

うつ病以外の問題が同時に存在していることもあります。

たとえば強い不安が続いている場合、抑うつ気分自体が軽くなっても、不安によって外出や仕事が難しい状態が続くことがあります。

また、ADHDなどの発達特性がある場合には、もともと抱えていた注意・計画・時間管理などの困難が、うつ病の改善後にも残ることがあります。

このようなとき、「うつ病が治っていない」と感じることがありますが、実際にはうつ症状以外の問題が生活機能の回復を妨げている可能性もあります。

重要なのは、すべてを「うつ病の治療抵抗性」で説明しないことです。

心理社会的なストレスが持続していることがある

薬物療法によって脳や身体の状態を整えても、強いストレスにさらされ続けていれば、症状の改善が難しくなることがあります。

たとえば職場で強い対人ストレスが続いている場合、長時間労働が変わらない場合、家庭内に深刻な問題がある場合などです。

この場合、抗うつ薬の種類を変更するだけでは十分ではなく、休職、職場環境の調整、家族への支援、精神療法などを組み合わせる必要がある場合があります。

治療抵抗性を考えるときには、「脳に効く薬が足りないのではないか」だけではなく、症状を維持している環境要因が残っていないかという視点も重要です。

睡眠や生活リズムなど複数の要因が治療反応に影響する

睡眠は、うつ病の症状と密接に関係しています。

強い不眠が続けば、日中の集中力や意欲は低下します。反対に、日中ほとんど活動せず長時間横になっていることで、睡眠と覚醒のリズムがさらに崩れる場合もあります。

睡眠時無呼吸症候群のように、本人が十分眠っているつもりでも睡眠の質が低下している病気が隠れている場合もあります。

そのため、治療抵抗性うつ病では薬物療法だけを見るのではなく、睡眠、活動量、生活リズム、飲酒なども含めて全体を評価することが大切です。


治療抵抗性うつ病では、診断とこれまでの治療を一度整理し直すことが重要である

治療がなかなか効かないと、「もっと強い薬が必要なのではないか」「次の新しい治療を受けた方がよいのではないか」と考えやすくなります。

しかし、新しい治療に進む前に一度立ち止まり、これまでの治療経過を整理すること自体が重要な治療プロセスです。

いつ頃から症状が始まったのか。これまでどの抗うつ薬を、どのくらいの量で、どのくらいの期間使用したのか。まったく変化しなかったのか、一部の症状だけ改善したのか。副作用のため中止した薬はなかったか。精神療法を受けたことがあるか。症状が軽くなった時期には何が違っていたのか。

こうした情報を時系列で整理すると、「治療抵抗性」と考えていた状態の中に、次の治療につながる手がかりが見つかることがあります。

たとえば、ある抗うつ薬で意欲は改善したものの不眠だけ残っていたのであれば、その薬を完全な「無効」と扱う必要はないかもしれません。

逆に、十分な治療を何度行ってもほとんど改善が認められない場合には、従来の抗うつ薬とは異なる治療を検討する根拠になります。

CANMATでも、治療反応が不十分な場合には、診断、併存疾患、服薬状況を改めて評価したうえで、薬剤の最適化、変更、増強療法、精神療法、脳刺激療法などを検討するという段階的な考え方が示されています。

治療抵抗性うつ病では、「次は何の薬を飲むか」だけではなく、これまでの治療全体を俯瞰して次の一手を選ぶことが重要なのです。


治療抵抗性うつ病にはどのような治療が行われるのか

治療抵抗性うつ病だからといって、決まった一つの治療に進むわけではありません。

症状の重さ、これまでの治療歴、副作用、身体状態、通院可能性、患者さん自身の希望などを踏まえて治療を選択します。国際的なガイドラインでも、治療歴、有効性のエビデンス、副作用、実施可能性、患者さんの希望を組み合わせて治療方針を決めることが推奨されています。

抗うつ薬の変更

最初に使用した抗うつ薬で十分な改善が得られなければ、別の抗うつ薬へ変更することがあります。

SSRIから別のSSRIへ変更する場合もあれば、SNRIやミルタザピンなど、作用の特徴が異なる抗うつ薬へ変更する場合もあります。

ただし、薬を次々に変更すれば必ず改善率が上がるわけではありません。そのため、ある程度治療を重ねても改善が乏しい場合には、単純な薬剤変更だけを繰り返すのではなく、別の戦略も検討する必要があります。

抗うつ薬の併用や増強療法

抗うつ薬によってある程度改善しているものの、十分ではない場合には、現在の抗うつ薬を残したまま別の薬を加える「増強療法」が選択されることがあります。

アリピプラゾールやブレクスピプラゾールなど非定型抗精神病薬の一部、リチウムなどがその例です。

一つの薬だけでは十分な反応が得られないときに、別の作用を持つ薬剤を組み合わせることは、治療抵抗性うつ病に対する標準的な治療戦略の一つです。

精神療法

治療抵抗性うつ病でも、精神療法には役割があります。

たとえば認知行動療法では、自動的に生じる否定的な考え方や行動パターンを整理し、症状を維持している悪循環に働きかけます。

また、対人関係の問題、仕事上のストレス、自己評価の低下などが症状の持続に関係している場合には、それらを扱うことが治療につながります。

薬が効かなかったからといって、「生物学的に重いうつ病だから心理的な治療には意味がない」と考える必要はありません。CANMATでは、初期の抗うつ薬治療に十分反応しなかった場合にも、認知行動療法などを薬物療法に追加する選択肢が推奨されています。

反復経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)

rTMSは、頭皮の上にコイルを当てて磁場を発生させ、脳の神経活動を調節する治療です。

頭を切開したり電極を埋め込んだりする治療ではありません。また、ECTとは異なり、通常は全身麻酔を必要としません。

治療抵抗性うつ病に対するrTMSの有効性には、すでに相当量のエビデンスがあります。CANMATでは治療が難しいうつ病に対するrTMSの反応率をおおむね40〜50%としています。日本精神神経学会の一般向け解説でも、症状が半分程度まで改善する「反応」が約50%、症状がほとんどなくなる「寛解」が約30%と説明されています。

日本でも、抗うつ薬による薬物療法で十分な効果が得られない成人のうつ病に対して、一部の医療機関で保険診療としてrTMSが実施されています。

一方で、一定期間にわたり頻回の通院が必要になることや、すべての患者さんが寛解するわけではないことも考慮する必要があります。

電気けいれん療法(ECT)

ECTは、全身麻酔と筋弛緩薬を使用した状態で脳に電気刺激を与え、治療的な発作を誘発する治療です。

名称から強い印象を受けるかもしれませんが、現在行われているECTは麻酔下で実施される医療行為であり、重症うつ病や治療抵抗性うつ病に対して非常に重要な治療です。

特に、非常に重いうつ状態、精神病症状を伴ううつ病、カタトニア、身体状態の悪化が進んでいる場合や、速やかな改善が必要な場合にはECTが優先的に検討されることがあります。CANMATでは、ECTを治療抵抗性うつ病に対するもっとも有効な治療選択肢の一つと位置づけています。

一方、全身麻酔が必要であることや、治療前後の記憶に影響が生じる場合があることなどから、効果だけでなく患者さんの身体状態や希望も踏まえて判断します。

rTMS、ECT、薬物療法、そして後述するケタミンは、単純に「どれが一番優れているか」を決めるものではありません。

効果の大きさ、効果が現れる速さ、安全性、侵襲性、通院負担、これまでの治療歴などを比較し、その人に合った治療を考えることが重要です。


ケタミンは治療抵抗性うつ病の新しい治療選択肢の一つである

治療抵抗性うつ病の治療として、近年特に注目されているものの一つがケタミンです。

ケタミンそのものは新しく開発された薬ではなく、以前から麻酔薬として使用されてきました。

しかしその後、麻酔に用いるより少ない量のケタミンを投与すると、一部のうつ病患者で速やかな抗うつ作用が生じることが報告され、治療抵抗性うつ病に対する研究が世界各国で行われるようになりました。

現在では、静脈内投与によるラセミ体ケタミンの迅速な抗うつ効果について相当量の研究が蓄積しており、国際的なうつ病治療ガイドラインでも治療選択肢として扱われています。

ケタミンは従来の抗うつ薬とは異なる仕組みで作用する

一般的な抗うつ薬の多くは、セロトニンやノルアドレナリンなど「モノアミン」と呼ばれる神経伝達物質に関係する仕組みに働きかけます。

一方、ケタミンは主にグルタミン酸系に作用し、その一つであるNMDA受容体を阻害します。

その後、脳内の複数のシグナル伝達経路が変化し、神経細胞同士のつながりや可塑性に影響すると考えられています。

ケタミンの抗うつ作用をNMDA受容体への作用だけですべて説明できるわけではなく、詳しいメカニズムについては現在も研究が続いています。

それでも、従来のモノアミン系抗うつ薬とは異なる仕組みに作用するという点は、治療抵抗性うつ病を考えるうえで重要です。

何種類もの従来型抗うつ薬で十分な効果が得られなかった人に対して、異なる神経系に働きかけるという治療戦略を選べるからです。

比較的速やかな抗うつ効果が研究されている

ケタミンの大きな特徴の一つが、効果が現れる速さです。

通常の抗うつ薬では、治療効果を評価するまで一定の期間が必要になります。一方、静脈内ケタミンでは、投与後の早い段階から抑うつ症状が改善する患者さんがいることが、多くの臨床研究で示されています。

CANMATも、静脈内ケタミン単回投与による迅速な抗うつ作用には豊富なエビデンスがあると評価しており、反復投与についても有効性と安全性の研究が蓄積しています。

ただし、「速く効く」ということと「一度受ければ長期間治る」ということは同じではありません。

単回投与後に改善しても、その効果が次第に弱くなることがあります。そのため、治療反応を確認しながら反復投与や、その後の維持治療をどのように組み合わせるかが重要になります。

希死念慮への効果についても研究されている

ケタミンでは、抑うつ症状だけでなく希死念慮を速やかに軽減する可能性についても研究されています。

希死念慮とは、「死んでしまいたい」「生きていたくない」といった考えが繰り返し生じる状態を指します。

大うつ病患者80人を対象とした無作為化比較試験では、静脈内ケタミンを投与された群は、比較薬としてミダゾラムを投与された群よりも24時間後の希死念慮が有意に大きく減少しました。

このような速やかな作用は、ケタミン治療が注目されている理由の一つです。

ただし、ケタミンは自殺リスクに対する救急対応そのものを置き換える治療ではありません。

具体的な自殺計画がある、自殺行動を起こす危険性が高い、食事や水分が取れないなど、緊急性の高い状態では、安全確保や入院治療を含めた緊急の精神科医療が優先されます。

すべての患者に効果がある治療ではない

ケタミンには治療抵抗性うつ病に対する有望なエビデンスがありますが、すべての患者さんに効果があるわけではありません。

また、投与中や投与後に、一時的な血圧上昇、めまい、吐き気、現実感が変化するような解離症状などが起こる場合があります。そのため、ケタミン治療では投与前の医学的評価と、投与中・投与後の適切なモニタリングが重要です。CANMATでも、血圧や解離症状のモニタリングが必要であることが、治療を実施するうえでの重要な条件として挙げられています。

さらに、日本で承認されている静注用ケタミン製剤「ケタラール」の効能・効果は、現在、手術・検査・処置時の全身麻酔および吸入麻酔の導入です。うつ病は承認された効能・効果には含まれていないため、うつ病に対する静脈内ケタミン治療は承認適応外での使用となります。

したがって、ケタミンは「従来の治療が効かなければ、とりあえず試す治療」ではありません。

本当にうつ病なのか、これまで適切な治療が行われてきたのか、身体的にケタミンを安全に投与できるのか、他により適切な治療がないのかを評価したうえで検討する必要があります。


治療抵抗性うつ病でも「治らない」という意味ではない

「治療抵抗性うつ病」と説明されると、「もう普通の治療では治らない」「一生この状態が続くのではないか」と不安になる方もいるかもしれません。

しかし、治療抵抗性という言葉は、これまでの治療に対する反応を説明しているのであって、その人の将来を予測する言葉ではありません。

2種類の抗うつ薬で改善しなかったとしても、その後の増強療法で改善する場合があります。精神療法を組み合わせることで生活機能が改善する場合もあります。rTMSやECTが有効な場合もあります。そして近年では、ケタミンのように従来の抗うつ薬とは異なる作用機序を持つ治療も選択肢になっています。

むしろ治療が長期化しているときに重要なのは、「自分は治療抵抗性だから何をしても無駄だ」と考えることではありません。

なぜこれまでの治療で十分に改善しなかったのかを整理し、次にどの治療戦略を選ぶべきなのかを考えることが重要です。

症状を完全になくす「寛解」を目標にできる場合もあれば、まず睡眠を整える、仕事に戻れる程度まで認知機能を改善する、希死念慮を減らす、家族と過ごせるようにするなど、その時点で重要な目標から治療を進めることもあります。

治療の目的は、単にうつ病評価尺度の数字を下げることだけではありません。

最終的には、その人が生活を取り戻していくことが治療の目的です。


まとめ|治療が効かなかったときには、診断と治療方針を見直すことが次の治療につながる

治療抵抗性うつ病とは、一般的には、十分な量と期間で複数の抗うつ薬治療を行っても十分な改善が得られないうつ病を指します。

しかし、抗うつ薬が2種類効かなかったという事実だけで、その後の治療可能性が決まるわけではありません。

まず重要なのは、これまでの薬が十分な量・期間使用されていたか、実際に服薬できていたか、うつ病という診断が適切か、双極性障害や他の精神疾患、身体疾患が隠れていないかを整理することです。

そのうえで、抗うつ薬の変更や増強療法、精神療法、rTMS、ECTなどを検討します。

さらに、ケタミンは従来の抗うつ薬とは異なるグルタミン酸系に作用し、治療抵抗性うつ病に対して比較的速やかな抗うつ作用が期待される治療として研究されてきました。特に、従来治療で十分な改善が得られなかった患者さんに対する新たな治療戦略の一つとして重要な位置を占めるようになっています。

一方で、ケタミンも万能な治療ではありません。

治療抵抗性うつ病では、「どの治療が最強なのか」を考えるのではなく、これまでの治療歴と現在の状態を正確に整理し、その人にとって次にもっとも合理的な治療を選ぶことが大切です。

治療が一度、二度とうまくいかなかったとしても、それは治療の終わりを意味するものではありません。

むしろ、それまでの治療反応を手がかりとして、次の治療方針を考えていくことが、治療抵抗性うつ病の治療では重要になります。

参考文献

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