はじめに

うつ病や双極性障害のうつ状態では、気分の落ち込みや意欲低下だけでなく、睡眠にもさまざまな変化が生じます。寝つけない、夜中に何度も目が覚める、早朝に目が覚めるといった不眠がみられる一方、長時間眠っても眠気が取れない「過眠」が生じることもあります。また、就寝時刻や起床時刻が後ろにずれ、昼夜逆転に近い状態になる患者さんもいます。

ケタミン療法は、治療抵抗性うつ病などに対して比較的速やかな抗うつ効果が期待される治療法です。しかし、ケタミンが睡眠そのものを改善するのか、睡眠の変化が抗うつ効果とどのように関係するのかについては、まだ十分に整理されていませんでした。

本記事では、2026年にBoesjesらが『Journal of Affective Disorders』に発表した「Effects of ketamine on sleep and circadian rhythmicity in major depressive disorder and bipolar disorder: A systematic review」をもとに、ケタミン療法がうつ病および双極性障害の睡眠と概日リズムに及ぼす影響について解説します。

この論文は、医学文献データベースから見つかった830件の文献を検討し、基準を満たした26研究、合計1,694人のデータをまとめた系統的レビューです。系統的レビューとは、一定の手順に従って関連研究を広く集め、その結果を整理する研究方法です。著者らは、ケタミン投与後の睡眠の変化だけでなく、治療前の睡眠状態や治療初期の睡眠改善が、その後の抗うつ効果を予測する可能性についても検討しました。レビュー全体としては、患者さん自身が感じる睡眠の質には改善傾向がみられましたが、脳波や活動量計を用いた客観的な測定については研究数が少なく、結論には慎重さが必要とされています。

うつ病と睡眠は互いに影響し合う

睡眠障害は、単にうつ病に付随する症状ではありません。眠れない日が続けば、疲労、集中力低下、感情の不安定さが強まり、悲観的な考えから距離を取ることも難しくなります。反対に、抑うつ気分、不安、反すう思考が強くなると、脳が休息状態へ切り替わりにくくなり、睡眠がさらに悪化します。つまり、うつ症状と睡眠障害は悪循環をつくり得ます。

双極性障害では、睡眠はさらに重要です。うつ状態では不眠や過眠がみられ、躁状態や軽躁状態では、睡眠時間が短いにもかかわらず本人が眠気や疲労を感じにくくなることがあります。そのため、単に「何時間眠れたか」だけでなく、就寝・起床時刻、日中の眠気、活動性の変化を継続して確認する必要があります。

概日リズムとは何か

概日リズムとは、およそ24時間周期で働く身体のリズムです。「体内時計」と表現すると分かりやすいでしょう。睡眠と覚醒だけでなく、体温、ホルモン分泌、食欲、活動性なども、このリズムの影響を受けています。

体内時計は、朝の光、食事、運動、社会的な予定などによって毎日調整されます。しかし、うつ病では活動量が低下し、朝に起きる理由や外出の機会が減ることで、リズムが後ろにずれやすくなります。睡眠時刻が遅れると朝の光を浴びる時間も遅れ、さらに体内時計が後退するという悪循環が生じることがあります。

今回のレビューが睡眠時間だけでなく「概日リズム」に注目したのは、ケタミンの効果が、気分を直接改善する作用だけでなく、睡眠・覚醒のリズムを整える作用とも関係している可能性を調べるためでした。

患者さんが感じる睡眠の質は改善する可能性がある

レビューで比較的一貫していたのは、質問票で測定した「主観的な睡眠」の改善です。主観的な睡眠とは、患者さん自身が「よく眠れた」「途中で目が覚めにくくなった」「日中の眠気が軽くなった」と感じる変化を指します。

レビューに含まれた研究の一つでは、治療抵抗性うつ病の40人が4週間に8回のケタミン点滴を受けました。睡眠はPSQIという質問票で評価されました。PSQIは、睡眠の質、寝つくまでの時間、睡眠時間、途中覚醒、睡眠薬の使用、日中の支障などを合計0~21点で評価し、点数が低いほど睡眠状態が良好であることを示します。一般に5点を超えると、睡眠に問題がある可能性が高いと判断されます。

この研究では、治療前のPSQI平均値は12.30点で、40人中39人、すなわち97.5%が睡眠不良の基準に該当していました。8回の治療終了から1週間後には平均10.20点となり、2.07点低下しました。内訳では、本人が感じる睡眠の質が0.48点、睡眠時間に関する項目が0.48点、日中の活動への支障が0.55点改善していました。一方、寝つくまでの時間や睡眠薬の使用量には、統計学的に明確な変化が確認されませんでした。つまり、睡眠全体は改善していても、あらゆる側面が同じように改善するわけではありません。

同じ研究では、うつ症状を患者さん自身が評価するCUDOSという尺度も使用されました。点数が高いほど症状が重い尺度で、平均44.86点から26.28点へ18.6点、割合にして約41%低下しました。しかし、うつ症状は治療の早い段階から改善したのに対し、PSQIの明確な改善は8回の治療後に確認されました。この時間差は重要です。ケタミンの抗うつ効果が現れれば直ちに睡眠も正常化するとは限らず、気分が先に改善し、睡眠が少し遅れて変化する患者さんもいると考えられます。

体内時計が「朝型」に近づく可能性

前述の研究では、概日リズムをMEQという質問票で評価しています。MEQは、何時ごろに眠くなるか、朝にどの程度活動しやすいかなどを尋ね、点数が高いほど朝型、低いほど夜型の傾向を示す尺度です。

MEQの平均値は47.8点から50.0点へ2.21点上昇しました。変化の大きさは約4.6%で、4人は「夜型から中間型」または「中間型から朝型」へ分類そのものが変わりました。これは、ケタミン療法の経過中に、睡眠・覚醒リズムがわずかに前へ移動する可能性を示しています。

ただし、2.21点という平均変化は大幅なものではありません。また、この変化がケタミンの直接作用によるのか、うつ症状が軽くなって朝に活動しやすくなった結果なのかは、明確に区別できません。「ケタミンを受ければ夜型が朝型になる」と理解するのではなく、体内時計にも変化が生じる可能性が示された段階と考えるのが適切です。

睡眠の改善は抗うつ効果の手がかりになるのか

今回のレビューでは、治療前の睡眠障害の程度や、治療開始後の早期の睡眠改善が、その後の抗うつ反応を予測する可能性も検討されました。

レビューに含まれた323人の治療抵抗性うつ病を対象とする研究では、4回のケタミン点滴後に、不眠、夜間の落ち着かなさ、早朝覚醒、過眠などが評価されました。睡眠項目の合計が1点改善するごとに、うつ症状が治療反応または寛解の基準を満たすオッズは3.29倍でした。ここでいうオッズは確率そのものではないため、「1点良くなれば成功率が3.29倍になる」という意味ではありません。それでも、睡眠の変化が治療効果と強く関連していたことを示す結果です。

さらに、不眠、夜間の落ち着かなさ、早朝覚醒の改善は、うつ症状だけでなく希死念慮の軽減とも関連していました。ただし、これは睡眠改善が直接希死念慮を減らしたことを証明するものではありません。気分、睡眠、希死念慮が同時に改善した可能性もあり、因果関係については今後の研究が必要です。

客観的な睡眠測定では結果がそろっていない

睡眠は質問票だけでなく、睡眠中の脳波、眼球運動、筋活動などを測定する睡眠ポリグラフ検査や、腕時計型の活動量計を用いて調べることもできます。これらは、本人の実感とは別に、総睡眠時間、深い睡眠、レム睡眠、夜間覚醒、活動リズムなどを客観的に評価する方法です。

一部の研究では、ケタミン投与後に総睡眠時間や深い睡眠が増えたり、朝の活動性が高まったりする変化が報告されています。しかし、研究によって結果は一致していません。レビューに含まれた28人の入院患者を対象とする研究では、8回の点滴後も、不眠、夜間の落ち着かなさ、早朝覚醒、過眠のいずれにも統計学的に明確な改善が認められませんでした。

このように、患者さんの実感として睡眠が良くなっても、脳波や活動量計で同じ変化が確認されるとは限りません。反対に、客観的な睡眠構造が変化しても、本人がすぐに「眠れるようになった」と感じるとは限りません。睡眠には、測定できる生理的側面と、休めたという主観的な側面の両方があります。

今回のレビューから分かることと、まだ分からないこと

今回の系統的レビューからは、ケタミン療法が、うつ病や双極性障害の患者さんが感じる睡眠の質を改善する可能性が示されました。また、治療前の睡眠状態や治療初期の睡眠変化が、抗うつ効果を予測する手がかりとなる可能性もあります。

一方で、ケタミンを睡眠薬として位置づけることはできません。研究によって、ケタミンの種類、静脈投与か経鼻投与か、投与回数、評価時期、対象となる疾患が異なります。睡眠の評価方法も、質問票、うつ病尺度の一部、脳波、活動量計などさまざまです。特に客観的な睡眠と概日リズムを扱った研究は少なく、確定的な結論には至っていません。

また、平均値が改善していても、すべての患者さんに同じ変化が起こるわけではありません。気分は改善しても不眠が残る人、睡眠が先に改善する人、過眠が軽くなる人、治療中に一時的に睡眠リズムが揺れる人も考えられます。そのため、治療効果を評価するときは、抑うつ気分だけでなく、就寝時刻、入眠までの時間、途中覚醒、早朝覚醒、総睡眠時間、昼寝、日中の眠気や活動性を継続して確認することが大切です。

まとめ

ケタミン療法は、うつ病や双極性障害に対する抗うつ効果だけでなく、睡眠や体内時計にも影響を与える可能性があります。2026年の系統的レビューでは、26研究、合計1,694人の結果から、患者さん自身が感じる睡眠の質にはおおむね好ましい変化が認められました。また、早期の睡眠改善が、その後の抗うつ反応と関連する可能性も示されています。

しかし、睡眠への効果は一様ではなく、客観的な測定結果もまだ十分にそろっていません。ケタミン療法を単なる「眠れるようにする治療」と考えるのではなく、気分、睡眠、活動性、生活リズムがどのように連動して変化するかを丁寧に観察することが重要です。睡眠は副次的な症状ではなく、治療経過を理解するための重要な指標の一つといえるでしょう。

参考文献

Boesjes R., Oosterveld C., Kamphuis J., Schoevers R. A., Meerlo P., van Dalfsen J. H. Effects of ketamine on sleep and circadian rhythmicity in major depressive disorder and bipolar disorder: A systematic review. Journal of Affective Disorders. 409. 2026.