はじめに

ケタミン療法について調べている方が最も知りたいことの一つは、「実際にどのくらい効くのか」だと思います。

ケタミン療法は、まず治療抵抗性うつ病に対する即効性のある治療として注目されました。しかし現在では、希死念慮、不安障害、強迫症、PTSDなど、うつ病以外の精神症状や精神疾患に対する効果も研究されています。この記事では、主要論文に基づいて、ケタミン療法の実際の効果の程度を患者さん向けに解説します。

なお、ここで紹介する研究には、標準治療として確立したものだけでなく、まだ研究段階のものも含まれます。「効果が報告されていること」と「すべての患者さんに一般的に推奨されること」は、分けて考える必要があります。

効果を数字で見るための評価尺度

臨床研究では、「良くなった気がする」という印象だけでなく、評価尺度を用いて症状の変化を数値化します。

うつ病ではMADRSがよく使われます。これは気分の落ち込み、睡眠、食欲、集中力、悲観的な考えなどを評価する尺度で、合計0点から60点で評価されます。点数が高いほど症状が重く、点数が下がるほど改善したと考えます。たとえばMADRSが8〜10点下がる場合、複数のうつ症状に明らかな変化が出ている可能性があります。

同様に、希死念慮ではSSI、不安症状ではHAM-A、社交不安ではLSAS、強迫症ではY-BOCS、PTSDではCAPSなどの尺度が使われます。

臨床研究では、しばしば「反応」と「寛解」という言葉が使われます。反応とは、多くの場合、うつ症状の点数が治療前から50%以上低下することを指します。たとえば、ある尺度で治療前に30点だった人が15点以下になれば、「反応あり」と判断されます。一方、寛解とは、症状がほとんどない、またはごく軽い状態まで改善することを意味します。つまり、反応は「かなり良くなった」、寛解は「症状がほぼ落ち着いた状態」と考えるとわかりやすいでしょう。

うつ病への効果|程度と即効性について

ケタミン療法の研究で最も多いのは、治療抵抗性うつ病に対する研究です。治療抵抗性うつ病とは、一般に、複数の抗うつ薬を十分量・十分期間使用しても十分に改善しないうつ病を指します。

2006年のRushらによるSTAR*D研究では、通常の抗うつ薬治療を段階的に行っても、治療段階が進むほど寛解率が下がることが示されました。最終的な累積寛解率は約67%でしたが、1剤目、2剤目で十分に改善しない患者さんでは、その後の治療で寛解に至る可能性が徐々に低くなります。ケタミン療法は、このような治療抵抗性うつ病への新しい選択肢として研究されてきました。

2013年のMurroughらの研究では、治療抵抗性うつ病の患者73人を対象に、ケタミンとミダゾラムが比較されました。ミダゾラムとは鎮静作用はあるが、抗うつ作用は無いとされる薬剤です。この研究では、投与24時間後のMADRSスコアが、ケタミン群でミダゾラム群より平均7.95点大きく改善しました。また、24時間後の反応率は、ケタミン群で64%、ミダゾラム群で28%でした。

日本人患者を対象とした研究としては、2024年のOhtaniらの研究があります。この研究では、治療抵抗性うつ病の日本人患者34人を対象に、ケタミン0.5mg/kgを40分かけて静脈内投与し、週2回、2週間行いました。全例を含めた解析では、MADRSはケタミン群で平均8.1点低下し、プラセボ群では平均2.5点低下しました。治療を完了した患者さんに限った解析では、ケタミン群で平均9.1点、プラセボ群で平均2.7点の低下となり、ケタミン群の改善が有意に大きいと示されました。

このように、うつ病に対するケタミン療法では、投与後数時間から数日以内に症状が軽くなる即効性が繰り返し報告されています。ただし、効果の持続には個人差があり、単回投与では数日から1週間程度で効果が弱まることもあります。

希死念慮への効果|程度と即効性について

ケタミン療法が精神科領域で大きな注目を集めた理由の一つが、希死念慮への即効性です。希死念慮とは、「死にたい」「消えてしまいたい」「自分がいない方がよい」といった考えを指します。これはうつ病だけでなく、双極性障害、PTSD、不安障害など、さまざまな状態で生じ得ます。

2018年のGrunebaumらの研究では希死念慮を伴ううつ病患者80人を対象に、ケタミンとミダゾラムが比較されました。主要評価項目は、投与24時間後のSSIでした。SSIとは前述の通り、希死念慮を数値化した評価尺度で、点数が高いほうが希死念慮が強く、最大点は38点です。

その結果、投与24時間後のSSIスコアは、ケタミン群でミダゾラム群より平均4.96点大きく低下しました。また、SSIが50%以上低下した反応者の割合は、ケタミン群で55%、ミダゾラム群で30%でした。これは、ケタミンを投与された患者さんでは、翌日の時点で希死念慮が大きく軽くなる割合が高かったことを示します。

重要なのは、この効果の一部が、うつ症状全体の改善とは独立している可能性が示された点です。つまり、単に「うつが良くなったから死にたい気持ちも減った」というだけでなく、希死念慮そのものに比較的早く働きかける可能性が考えられています。

ただし、希死念慮への効果を理解する際には注意が必要です。ケタミンで一時的に死にたい気持ちが軽くなっても、自殺リスクが完全になくなるわけではありません。強い希死念慮がある場合には、安全確保、家族や支援者との連携、入院の検討、継続的な薬物療法や精神療法が不可欠です。

不安障害への効果|全般不安症や社交不安症への効果

不安障害に対するケタミン療法の研究は、うつ病ほど多くはありません。しかし、全般不安症や社交不安症を対象とした研究では、興味深い結果が報告されています。

2017年のGlueらの研究では、治療抵抗性の全般不安症または社交不安症の患者12人を対象に、ケタミンの皮下注射が行われました。結果として、投与後1時間以内に不安症状が軽くなり、その効果は最大7日間持続しました。0.5〜1mg/kgの投与では、12人中10人、つまり83%がHAM-AまたはFear Questionnaireで50%以上の改善を示しました。

ただし、この研究は人数が少なく、プラセボ対照ではないオープンラベル研究です。患者さんも研究者もケタミンを投与していることを知っていたため、「ケタミンを投与される」という期待による影響を完全には除外できません。それでも、うつ病を伴わない不安障害で症状が早く軽くなった点は、今後の研究につながる重要な結果です。

社交不安症については、2018年のTaylorらの研究があります。この研究では、社交不安症の患者18人に対して、ケタミンとプラセボが比較されました。評価にはLSASが使われました。LSASは、人前で話す、会議に参加する、知らない人と話す、食事を見られるなど、社交場面での不安と回避症状を評価する尺度です。結果として投与後2週間の範囲で見ると、LSASに基づく反応率はケタミンで33.3%、プラセボで0%でした。これは、社交不安症でも一部の患者さんに明確な改善が見られる可能性を示しています。

強迫症への効果:侵入思考への即効性が研究されてる

強迫症では、自分でも不合理だとわかっているのに、繰り返し浮かんでくる考えや不安を止められないことがあります。これを強迫観念と呼びます。また、その不安を打ち消すために、確認、洗浄、数える、やり直すといった行為を繰り返すことがあります。これを強迫行為と呼びます。

強迫症の重症度を測る代表的な尺度がY-BOCSです。点数は0点から40点で、高いほど強迫症状が重いことを意味します。

2013年のRodriguezらの研究では、強迫症患者15人を対象に、ケタミンとプラセボを比較する試験が行われました。この研究では、投与中から強迫観念の強さが軽くなることが報告されました。さらに、投与1週間後の時点で、Y-BOCSが35%以上低下した反応者は、ケタミン群で50%、プラセボ群で0%でした。

これは、ケタミンが強迫症の中心症状である侵入思考に急速に影響する可能性を示した重要な研究です。ただし、対象人数は少なく、強迫症に対する標準治療として確立しているわけではありません。強迫症では、曝露反応妨害法を中心とする認知行動療法、SSRI、クロミプラミンなどが基本的な治療です。

PTSDへの効果:トラウマ症状の軽減も検討されている

PTSDは、強い恐怖や無力感を伴う出来事の後に、フラッシュバック、悪夢、過覚醒、回避、感情の麻痺などが続く状態です。PTSDは、単なる「過去の記憶」ではなく、脳と身体が危険の感覚を持続的に再生してしまう状態と考えると理解しやすいかもしれません。

2014年のFederらの研究では、慢性PTSD患者を対象に、単回のケタミン静脈内投与が検討され、投与24時間後にPTSD症状が有意に軽くなることが示されました。その後、2021年のFederらの研究では、慢性PTSD患者を対象に、反復ケタミン投与とミダゾラムが比較されました。2週間後のCAPS-5スコア(最大144点)は、ケタミン群でミダゾラム群より平均11.88点低く、反応率はケタミン群で67%、ミダゾラム群で20%でした。

この結果は、ケタミンがうつ病だけでなく、トラウマ関連症状にも影響する可能性を示しています。ただし、PTSDでは薬物療法だけでなく、トラウマ焦点化精神療法、安全感の回復、睡眠や身体症状への介入が重要です。ケタミンによって症状が軽くなる時期があったとしても、その時期をどのように精神療法や生活の回復につなげるかが重要になります。

ケタミン療法の効果をどう理解するべきか

ここまでの研究をまとめると、ケタミン療法の特徴は、単に「うつ病に効く薬」というよりも、抑うつ、希死念慮、不安、侵入思考、トラウマ症状など、強い苦痛を伴う精神症状に対して、比較的短時間で変化を起こす可能性がある点にあります。

この背景には、グルタミン酸系への作用、神経可塑性の促進、脳内ネットワークの変化などが関係していると考えられています。簡単に言えば、長く固定されていた脳の反応パターンが、一時的に動きやすくなる可能性があるということです。

一方で、限界も明確です。うつ病以外の疾患では、研究数や対象人数がまだ限られています。不安障害、強迫症、PTSDに対する効果は有望ですが、標準治療として確立したと言える段階ではありません。また、効果の持続には個人差があり、単回投与では数日から1週間程度で弱まることもあります。

安全性についても慎重な判断が必要です。ケタミン投与中には、解離感、現実感の変化、血圧上昇、吐き気、めまい、不安感などの副作用が生じることがあります。多くは一過性で、2時間程度で治まりますが、投与中の観察、血圧や意識状態の確認、精神症状の評価が必要です。2017年のSanacoraらのコンセンサス声明でも、ケタミンには有望な効果がある一方で、長期的な有効性と安全性については慎重な検討が必要であるとされています。

おわりに

ケタミン療法は、治療抵抗性うつ病に対する即効性のある治療として注目されてきました。主要研究では、投与24時間後にMADRSが約8点大きく改善したり、日本人患者でMADRSが約9点低下したりする結果が報告されています。また、希死念慮に対しては、24時間後にSSIが約5点大きく低下し、反応率が55%に達した研究もあります。

さらに、全般不安症、社交不安症、強迫症、PTSDなどでも、比較的短期間で症状が軽くなる可能性が報告されています。もちろん、これらはまだ研究段階の領域も多く、従来の治療を置き換えるものではありません。

しかし、ケタミン療法の研究が示しているのは、精神疾患の治療が、神経可塑性、脳内ネットワーク、精神療法との統合といった新しい視点へ広がっているということです。現在は、うつ病以外の精神疾患への適応についても研究が進められており、今後、どのような患者さんに、どのような方法で、どの程度の効果が期待できるのかが、さらに明らかになっていくと考えられます。

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参考文献

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Murrough JW, Iosifescu DV, Chang LC, et al. Antidepressant efficacy of ketamine in treatment-resistant major depression: a two-site randomized controlled trial. American Journal of Psychiatry. 170(10). 2013.

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Grunebaum MF, Galfalvy HC, Choo TH, et al. Ketamine for rapid reduction of suicidal thoughts in major depression: a midazolam-controlled randomized clinical trial. American Journal of Psychiatry. 175(4). 2018.

Glue P, Medlicott NJ, Harland S, et al. Ketamine’s dose-related effects on anxiety symptoms in patients with treatment refractory anxiety disorders. Journal of Psychopharmacology. 31(10). 2017.

Taylor JH, Landeros-Weisenberger A, Coughlin C, et al. Ketamine for social anxiety disorder: a randomized, placebo-controlled crossover trial. Neuropsychopharmacology. 43(2). 2018.

Rodriguez CI, Kegeles LS, Levinson A, et al. Randomized controlled crossover trial of ketamine in obsessive-compulsive disorder: proof-of-concept. Neuropsychopharmacology. 38(12). 2013.

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Sanacora G, Frye MA, McDonald W, et al. A consensus statement on the use of ketamine in the treatment of mood disorders. JAMA Psychiatry. 74(4). 2017.