はじめに
神経性やせ症は、単に「食べる量が少ない病気」ではありません。体重が低くなっても自分では十分にやせていると感じられない、体重が増えることへの強い恐怖がある、食事・運動・体型確認・体重測定などが頭から離れない、といった特徴をもつ深刻な精神疾患です。周囲から見ると「もっと食べればよい」と見えることがありますが、本人の内側では、食べることや体重が増えることに強い不安や恐怖が結びついており、理屈だけでは行動を変えにくくなっています。
神経性やせ症の難しさは、身体の問題と心の問題が互いに絡み合う点にあります。低栄養になると、脳も身体もエネルギー不足状態になります。集中力が落ち、気分が沈み、不安が強くなり、考え方が硬くなります。すると「食べると太ってしまう」「体型を管理しないと自分は崩れてしまう」という考えがますます強くなります。食べないことによって一時的に不安が下がると、その行動がさらに固定されます。このように、神経性やせ症では、体重低下、脳の働きの変化、不安、強迫的なこだわり、行動の固定化が悪循環を作ります。
従来の治療では、まず身体の安全を確保し、栄養状態を回復させることが最優先です。そのうえで、精神療法、家族支援、栄養指導、必要に応じた薬物療法を組み合わせます。ただし、神経性やせ症の中核症状、つまり「太ることへの恐怖」「体型への過剰なこだわり」「食事や運動をめぐる強迫的なルール」を直接改善する薬は、現時点では十分に確立していません。抗うつ薬や抗不安薬が使われることはありますが、低体重の状態では効果が出にくい上に副作用が強く出ることもあり、特に長年続いた神経性やせ症では治療が難渋することがあります。
このような背景から、近年、神経性やせ症に対する新しい治療法として、ケタミン療法が研究されています。ケタミンはもともと麻酔薬として長く使われてきた薬ですが、近年は治療抵抗性うつ病や希死念慮に対して、比較的速やかな効果を示す可能性が報告されてきました。神経性やせ症に対しても、うつ、不安、強迫的なこだわり、認知の硬さを和らげる可能性があるのではないかと考えられています。ただし、現時点では研究数は少なく、神経性やせ症に対する標準治療として確立しているわけではありません。この記事では、ケタミン療法にどのような可能性があり、どこに限界があり、どのような安全面の注意が必要かを、患者さんにも理解しやすい形で解説します。
ケタミン療法は「体重を増やす薬」ではありません
最初に強調しておきたいのは、ケタミン療法は「体重を増やす薬」でも「食欲を増やす薬」でもないということです。神経性やせ症の治療では、体重の回復は非常に重要ですが、ケタミンが直接食欲を増やして体重を増やす、という単純な治療ではありません。
むしろ、ケタミン療法で期待されているのは、神経性やせ症を維持している心の動きに変化を起こすことです。たとえば、体重や食事に関する考えが頭から離れない、食事のルールを破ると強い罪悪感が出る、体型への不満が一日中続く、治療者の言葉は理解できても感情的には受け入れられない、といった状態があります。こうした状態では、本人の中で「わかっているけれど変えられない」という苦しさが続きます。
ケタミンは、脳内のグルタミン酸系、とくにNMDA受容体と呼ばれる部分に作用します。NMDA受容体とは、神経細胞同士が情報をやりとりし、学習や記憶、柔軟な思考に関わる仕組みの一部です。ケタミンはこの仕組みに作用することで、脳のネットワークの固定化を一時的にゆるめ、別の見方や感じ方が入りやすい状態を作る可能性があると考えられています。これは「薬だけで考え方が変わる」という意味ではありません。むしろ、精神療法や栄養療法で扱ってきたテーマが、ケタミン投与後に少し違う角度から見えるようになる可能性がある、という理解が近いです。
神経性やせ症では、考え方が硬直しやすいことが知られています。たとえば「この食品は絶対に食べてはいけない」「この体重を超えたら終わりだ」「運動しない日は価値がない」といった、非常に狭く硬いルールに支配されることがあります。本人も苦しいと感じているのに、そのルールから離れることができません。ケタミン療法が注目される理由の一つは、このような強迫的・反復的な思考の固定化に対して、変化のきっかけを作るかもしれないという点にあります。
神経性やせ症における「強迫性」とケタミン
神経性やせ症では、強迫症に似た特徴がしばしば見られます。ここでいう強迫性とは、必ずしも手洗いや確認行為だけを意味するわけではありません。食べ物のカロリーを何度も確認する、決まった順番でしか食べられない、少しでも予定より食べると強い不安が出る、運動量を減らせない、鏡や体重計で何度も確認してしまう、といった行動も、広い意味では強迫的なパターンといえます。
このような強迫性は、本人にとって単なる習慣ではありません。「やめた方がよい」とわかっていても、やめようとすると強い不安が生じます。その不安を下げるために、食事制限や運動、体型確認をしてしまいます。短期的には不安が下がるため、脳は「この行動は必要だ」と学習します。しかし長期的には、行動の自由が失われ、身体は危険な状態になり、生活全体が病気に支配されていきます。
神経性やせ症に対するケタミン療法に関する初期の研究は、この「強迫的なやせへのこだわり」に注目していました。1998年のMillsらの研究では、長年にわたり重症で治療抵抗性の摂食障害をもつ15人に、間欠的なケタミン点滴が行われました。この研究は現在の基準から見ると、ランダム化比較試験ではなく、症例数も少ないため、結果をそのまま一般化することはできません。しかし、神経性やせ症に対するケタミン研究の出発点として重要です。
Millsらの研究では、15人中9人が治療に反応したと報告されています。反応した9人では、Compulsion scoreという強迫的な症状を表す指標が、ケタミン投与前の平均44.0点から投与後27.0点へ低下しました。つまり、平均で17点ほど下がったことになります。一方、反応しなかった6人では、42.8点から44.8点へと、むしろわずかに上がっていました。この違いは、ケタミンが一部の患者さんでは強迫的な食行動ややせへのこだわりを和らげる可能性を示す一方で、すべての人に効くわけではないことも示しています。
この研究で重要なのは、「体重が増えたかどうか」だけではなく、「食べることや体型に関する強迫的な思考がどれだけゆるんだか」を見ている点です。神経性やせ症の治療では、体重を戻すことは重要ですが、それだけでは十分でないことがあります。体重が回復しても、頭の中ではまだ「太ってはいけない」「もっと管理しなければならない」という声が残り続けることがあります。ケタミン療法が注目されるのは、この内的なこだわりに作用する可能性があるからです。
神経性やせ症に対するケタミン療法の症例報告
Millsらの研究以降、神経性やせ症や摂食障害に対するケタミン療法については、症例報告が少しずつ発表されてきました。ただし、ここで注意すべきなのは、症例報告は「このような患者さんで良い変化があった」という記録であり、「誰にでも同じ効果が出る」と証明するものではないということです。
2020年のScolnickらの症例報告では、15年間続いた重症の神経性やせ症をもつ29歳女性に対し、治療的ケトジェニック食を導入した後、4回のケタミン点滴が行われました。この患者さんは、治療開始時のBMIが18.2で、数か月かけて約15ポンド、つまり約6.8kg体重が増え、発症前の体重に戻ったと報告されています。また、神経性やせ症に関連する思考や行動の完全寛解が6か月以上持続したとされています。ただし、この症例ではケトジェニック食とケタミンが連続して用いられており、どちらがどの程度効果に寄与したのかは明確ではありません。また、標準化された摂食障害評価尺度が十分に用いられていなかった点も限界です。
2020年のDechantらの症例報告では、重症の神経性やせ症とうつ病、自殺念慮をもつ患者さんに対して、ケタミン点滴が行われました。この患者さんは複数の薬物療法や電気けいれん療法でも十分に改善していなかったとされます。ケタミン投与後、自殺念慮はいったん改善しましたが、その効果は持続せず、再燃がみられました。この報告は、ケタミンが短期的に気分や希死念慮を改善する可能性を示す一方で、効果をどう維持するかが大きな課題であることを示しています。
2021年のSchwartzらの症例報告では、重症で長期化した摂食障害と治療抵抗性うつ病をもつ4人に対して、筋肉注射または点滴によるケタミン投与が12か月以上にわたり行われました。この研究では、うつ症状には臨床的に意味のある改善がみられ、不安や摂食障害症状にも一定の改善がみられたと報告されています。ただし、摂食障害の中核症状の改善は「中等度」または「限定的」とされており、ケタミンが神経性やせ症そのものを単独で治すというより、うつや不安を軽くし、治療への参加を助ける可能性が示唆されています。
このように、症例報告を総合すると、ケタミン療法は一部の患者さんで、うつ、希死念慮、強迫的なやせへのこだわり、食事や体型に関する苦痛を軽くする可能性があります。しかし、まだ「確実に効く治療」とは言えません。現時点では、治療抵抗性が高く、従来の治療だけでは十分に改善しない成人患者さんに対して、慎重に検討される補助的治療と考えるのが妥当です。
神経性やせ症に対するケタミン研究の中で、客観的な症状評価尺度が示されているものとして、2022年のCalabreseらの小規模試験があります。この研究では、長年の神経性やせ症の既往があり、体重は回復しているものの、食事・体型・体重への強いこだわりが残っている成人女性5人が対象となりました。参加者は治療的ケトジェニック食を4〜8週間行った後、17日間で6回のケタミン点滴を受けました。ケトジェニック食は減量目的ではなく、体重維持を目的として設計されています。
この研究で使われたEDE-Qは、摂食障害の症状を評価する尺度です。EDE-Q Global scoreは、食事制限、食べることへの不安、体型へのこだわり、体重へのこだわりなどを総合的に反映する指標です。点数が高いほど、摂食障害の症状が強いと考えます。Calabreseらの研究では、EDE-Q Global scoreが治療前の平均3.14点から、6か月後には0.95点へ低下しました。約2.19点の低下であり、小規模研究としては大きな変化です。
EDE-Qの下位項目でも変化がみられました。Eating Concern、つまり食べることへの心配は2.12点から0.38点へ低下しました。Shape Concern、つまり体型へのこだわりは4.12点から1.86点へ低下しました。Weight Concern、つまり体重へのこだわりは3.64点から0.94点へ低下しました。これらの数値は、食べること、体型、体重に対する苦痛がかなり軽くなった可能性を示しています。
また、Clinical Impairment Assessment、略してCIAという尺度も用いられました。CIAは、摂食障害の症状が日常生活にどれだけ支障を与えているかを評価する尺度です。たとえば、人との関係、仕事や学業、気分、集中力、生活全体への影響などをみます。この研究では、CIAが35.40点から13.00点へ低下しました。これは、症状そのものだけでなく、生活上の障害が軽くなった可能性を示します。
また、BMIは21.02から20.10へと大きく変化せず、統計学的にも有意な変化はありませんでした。これは重要です。この研究では、ケタミンとケトジェニック食によって体重が大きく増えたわけではなく、体重を維持しながら、食事・体型・体重へのこだわりが改善した可能性が示されています。ただし、対象者はすでに体重が回復していた成人女性であり、著しく低体重の急性期神経性やせ症に同じ結果が当てはまるわけではありません。
神経性やせ症に合併したうつ病への効果
神経性やせ症では、うつ病や不安症を合併することが少なくありません。気分の落ち込み、絶望感、自己否定、希死念慮が強いと、栄養療法や精神療法に取り組む力そのものが低下します。そのため、うつ症状を軽くすることは、神経性やせ症の回復にとっても重要です。
2023年のKeelerらの症例報告では、神経性やせ症の既往または診断があり、同時に大うつ病をもつ4人に対して、筋肉注射によるケタミンまたは鼻腔内エスケタミンが行われました。この研究では、うつ症状をPHQ-9で評価していますPHQ-9は9項目からなるうつ症状の質問紙で、0〜27点で評価されます。0〜4点はほぼ症状なし、5〜9点は軽度、10〜14点は中等度、15〜19点はやや重い、20点以上は重度のうつ症状の目安です。
この報告では、鼻腔内エスケタミンを受けた19歳女性の一例で、PHQ-9が15点から7点へ低下しました。つまり、やや重い範囲から軽度の範囲へ改善したことになります。別の19歳女性では、PHQ-9が26点から22点へ低下しました。こちらは4点の低下で、主観的には改善を感じていたものの、重度のうつ症状は残っていました。筋肉注射ケタミンを受けた36歳女性では、PHQ-9は17点から17点で変化しませんでしたが、本人は一時的な改善や希死念慮の改善を報告しました。もう一人では、PHQ-9が8点から16点へ上がっており、数値上は悪化しています。
この結果からわかるのは、ケタミンまたはエスケタミンが、神経性やせ症を合併したうつ病に対して役立つ可能性はあるものの、効果には個人差が大きいということです。また、この研究の対象者は全員、治療開始時のBMIが18.5以上でした。つまり、著しく低体重の状態での安全性や効果を示した研究ではありません。この点は、神経性やせ症への応用を考えるうえで非常に重要です。
ケタミン療法と精神療法を組み合わせる意味
神経性やせ症に対するケタミン療法では、薬だけでなく精神療法との組み合わせが重要だと考えられています。
神経性やせ症の患者さんは、自分の身体を「自分を脅かすもの」と感じていることがあります。体重が増えること、丸みを帯びること、食べ物が身体に入ることが、単なる身体現象ではなく、自己価値の崩壊のように感じられることがあります。ケタミン療法の中で、身体へのとらわれが一時的に弱まり、「体型だけが自分ではない」「自分を罰しなくてもよい」「食べることは敗北ではない」といった感覚が生じることがあります。もちろん、すべての人にこのような体験が起こるわけではありませんが、起こった場合には、その後の精神療法で丁寧に扱うことが重要です。
2019年のDoreらの研究は、神経性やせ症だけを対象にしたものではありませんが、ケタミン支援精神療法、いわゆるKAPの臨床的意義を考えるうえで参考になります。この研究では、3つの民間クリニックでKAPを受けた235人のデータが解析されました。対象はうつ病、不安症、PTSD、複雑性トラウマなど多様でした。平均BDIは26.55点で、中等度うつ病の範囲でした。BDIはBeck Depression Inventoryの略で、うつ症状の強さを評価する質問紙です。Doreらの研究では、治療後にBDIが平均11.24点低下し、うつ症状が中等度から軽度の範囲へ改善したと報告されています。また、不安を評価するHAM-Aも平均20.35点から、平均5.5点低下しました。
この研究は神経性やせ症に特化したものではありませんが、ケタミンを精神療法と組み合わせることで、気分、不安、自己理解、感情処理に変化が起こる可能性を示しています。神経性やせ症では、食事や体型の問題だけでなく、自己評価、完璧主義、トラウマ、対人関係、感情調整の困難が関わることがあります。そのため、ケタミン投与によって一時的に心の柔軟性が高まったとしても、その状態で何を扱うのか、どのように日常生活に変化を与えるのかが非常に重要です。
ケタミン体験の後に「少し自由になった」「自分を責める声が弱くなった」と感じても、それを実際の食事行動や生活の変化につなげるには、精神療法的な支援が必要です。たとえば、治療後に安全な食事の練習をする、体重増加への不安を言葉にする、病気の声と本人自身の声を区別する、家族との関係を調整する、といった作業が求められます。ケタミン療法は、こうした治療を置き換えるものではなく、むしろ治療に取り組むためのきっかけとして理解するのがよいでしょう。
安全性について特に注意すべきこと
神経性やせ症にケタミン療法を検討する場合、安全性の確認は非常に重要です。神経性やせ症の患者さんでは、低体重、脱水、電解質異常、徐脈、低血圧、低血糖、肝機能異常、腎機能への影響、骨密度低下など、身体面の問題が隠れていることがあります。特に、嘔吐や下剤乱用がある場合には、低カリウム血症が起こり、心電図異常や不整脈のリスクが高まります。
ケタミンは投与中に血圧や脈拍を一時的に上げることがあります。そのため、心疾患、重度の高血圧、不整脈、最近の心血管イベントがある場合には慎重な判断が必要です。また、投与中には解離感、眠気、ふらつき、吐き気、嘔吐、味覚の変化、不安の増強などが起こることがあります。多くは一過性ですが、神経性やせ症では身体の余力が少ないことがあるため、一般的なうつ病患者さんよりも慎重な観察が必要です。
治療前には、少なくとも身体診察、体重・BMIの評価、血圧・脈拍、血液検査、電解質、肝機能、腎機能、血糖、心電図などを確認することが望ましいです。また、現在の食事量、嘔吐、下剤使用、利尿薬使用、過運動、月経状態、脱水の有無なども確認する必要があります。医学的に不安定な状態では、ケタミン療法よりも先に身体管理や栄養管理が優先されます。
精神面でも注意が必要です。現在の躁状態、重い精神病症状、薬物乱用のリスクが高い場合には、ケタミン療法は慎重に判断されます。ケタミンには乱用リスクがあり、医療者の管理なしに自己使用することは危険です。神経性やせ症の患者さんは、薬や治療を「体重を管理する手段」として取り込んでしまうこともあります。そのため、ケタミン療法を行う場合には、治療の目的を明確にし、「やせるため」「食べずに済むため」ではなく、「病気の支配から離れ、回復に向かうため」の治療であることを確認する必要があります。
どのような患者さんで検討される可能性があるか
現時点で、神経性やせ症に対するケタミン療法は、誰にでも勧められる標準治療ではありません。考えられる対象は、従来の治療を十分に行っても改善が乏しい成人の患者さん、うつ病や希死念慮が強く治療抵抗性がある患者さん、食事や体型に関する強迫的思考が非常に強い患者さん、精神療法に取り組みたい意思はあるが不安や抑うつが強くて進めない患者さんなどです。
一方で、著しく低体重で医学的に不安定な患者さん、電解質異常や不整脈のリスクが高い患者さん、急性期の身体管理が必要な患者さんでは、まず入院を含めた身体的安全確保が優先されます。ケタミン療法は、栄養療法や身体管理の代わりにはなりません。体重が危険な水準にある場合には、脳も身体も治療に反応する余力が低下していることがあり、薬物療法の前に生命を守る治療が必要です。
また、ケタミン療法を行う場合でも、単回投与だけで十分とは限りません。うつ病領域では、複数回投与や維持療法が検討されることがありますが、神経性やせ症では最適な投与回数、投与間隔、用量、精神療法との組み合わせ方はまだ確立していません。そのため、治療を受ける場合には、期待できること、わかっていないこと、副作用、費用、他の治療との関係を十分に説明されたうえで、慎重に判断する必要があります。
ケタミン療法を回復につなげるために
神経性やせ症の回復は、「体重が増えたら終わり」ではありません。もちろん、身体の安全のために体重回復は重要です。しかし本当の回復には、食べることへの恐怖が下がること、体型や体重だけで自分の価値を判断しなくなること、生活の中で人との関係や仕事、学業、楽しみを取り戻していくことが含まれます。
ケタミン療法で一時的に気分が軽くなったり、病気の声が弱まったりした場合、その時期をどのように使うかが重要です。たとえば、今まで避けていた食品を安全な環境で試す、体重への不安を治療者と一緒に言葉にする、運動量を減らす練習をする、家族と食事のルールについて話し合う、自分を責める考えを見直す、といった具体的な作業が必要です。
ケタミンは、長年固まっていた心のパターンに一時的なゆるみを作る可能性があります。しかし、そのゆるみを回復に結びつけるには、本人の努力だけでなく、医療者、家族、心理士、栄養士などの支援が必要です。治療後に「少し変われそうだ」と感じたときこそ、現実の行動を少しずつ変えることが大切です。
まとめ
神経性やせ症に対するケタミン療法は、まだ研究段階の治療です。現時点では、神経性やせ症そのものに対して確立した標準治療とは言えません。しかし、これまでの症例報告や小規模研究からは、うつ症状、希死念慮、強迫的なやせへのこだわり、食事や体型に関する苦痛を和らげる可能性が示されています。
1998年のMillsらの研究では、15人中9人が反応し、反応例では強迫症状を表すCompulsion scoreが44.0点から27.0点へ低下しました。2022年のCalabreseらの小規模試験では、EDE-Q Global scoreが3.14点から0.95点へ低下し、CIAも35.40点から13.00点へ改善しました。2023年のKeelerらの症例報告では、神経性やせ症を合併したうつ病患者さんの一部でPHQ-9の改善がみられました。一方で、効果が乏しい例や、効果が持続しない例もあります。
したがって、ケタミン療法は「神経性やせ症を一気に治す治療」ではなく、「従来の治療で十分に改善しない場合に、心の柔軟性や治療への取り組みを助ける可能性のある補助的治療」と考えるのが適切です。安全性の面では、低体重、電解質異常、心電図異常、嘔吐、脱水、肝腎機能、薬物乱用リスクなどを慎重に評価する必要があります。ケタミン療法を検討する場合には、栄養療法、身体管理、精神療法と切り離さず、包括的な治療計画の中で位置づけることが重要です。
神経性やせ症は、本人の意志の弱さではありません。脳、身体、感情、対人関係、自己評価が複雑に絡み合った病気です。だからこそ、回復には時間がかかります。ケタミン療法は、その長い回復過程の中で、固定化した思考や絶望感を少しゆるめる可能性があります。ただし、それはまだ慎重に検証されるべき新しい選択肢です。大切なのは、期待と限界の両方を理解し、安全を最優先にしながら、患者さん一人ひとりに合った治療を組み立てていくことです。
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参考文献
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