はじめに

双極性障害は、気分が高揚し活動性が高まる躁状態または軽躁状態と、気分が落ち込み意欲や思考力が低下するうつ状態をくり返す病気です。以前は「躁うつ病」と呼ばれていました。名前だけを見ると、躁とうつが同じくらい目立つ病気のように思われるかもしれません。しかし実際の臨床では、患者さんが最も長く苦しむのはうつ病相であることが少なくありません。

双極性障害のうつ病相では、気分の落ち込み、興味や喜びの低下、疲労感、睡眠や食欲の変化、集中力の低下、自責感、希死念慮などがみられます。外から見ると「うつ病」と似ているため、初期には単極性うつ病、つまり躁状態を伴わないうつ病として診断されることもあります。しかし、双極性障害のうつ病相では、治療方針に特別な注意が必要です。なぜなら、通常の抗うつ薬だけを使用すると、一部の患者さんでは躁状態や軽躁状態が誘発されたり、気分の波が不安定になったりすることがあるからです。

そのため、双極性障害の治療では、リチウム、バルプロ酸、ラモトリギン、クエチアピン、ルラシドンなど、気分の波を安定させる薬が中心になります。これらは非常に重要な治療薬です。しかし、十分な量と期間で治療しても、うつ症状がなかなか改善しない方もいます。特に、長く続く無気力、強い絶望感、希死念慮、身体が鉛のように重い感覚、考えがまとまらない感覚は、生活機能を大きく損ないます。

このような治療抵抗性の双極性うつ病相に対して、近年注目されている治療の一つがケタミン療法です。ケタミンはもともと麻酔薬として使われてきた薬剤ですが、通常の麻酔量より少ない量で投与すると、数時間から数日という非常に短い時間でうつ症状を軽減する可能性があることが報告されてきました。特に、従来の抗うつ薬が数週間かけて効果を示すのに対し、ケタミンでは数時間で変化がみられることがある点が特徴です。

ただし、最初に強調しておきたいのは、ケタミン療法は双極性障害そのものを根本的に治す魔法の治療ではないということです。また、双極性障害に対するケタミン療法の研究は、単極性うつ病に対する研究よりも数が少なく、長期的な維持療法についてはまだ十分に確立されていません。したがって、現時点では、気分安定薬などの標準治療を置き換えるものではなく、標準治療で十分な改善が得られない場合に検討される補助的な治療と考えるのが適切です。

ケタミンは通常の抗うつ薬と何が違うのか

一般的な抗うつ薬の多くは、セロトニン、ノルアドレナリン、ドパミンといった神経伝達物質に作用します。これらは脳の中で情報を伝える化学物質です。たとえばSSRIは、セロトニンの働きを調整する薬です。こうした薬は多くの患者さんに役立ちますが、効果が出るまでに数週間かかることが多く、また双極性障害では躁転リスクに注意する必要があります。

ケタミンは、これらとは異なり、主にグルタミン酸系に作用します。グルタミン酸は脳の中で最も主要な興奮性神経伝達物質の一つであり、学習、記憶、感情の調整、認知の柔軟性などに関わっています。

ケタミンはNMDA受容体という部分をブロックします。受容体とは、神経伝達物質を受け取る「鍵穴」のようなものです。NMDA受容体を一時的にブロックすると、脳のグルタミン酸の流れが変化し、結果としてAMPA受容体という別の経路が相対的に活性化されると考えられています。この変化によって、BDNFやmTORと呼ばれる神経可塑性に関わる仕組みが動き、神経細胞同士のつながりが再調整される可能性があります。

神経可塑性とは、脳が経験や環境に応じて変化する力のことです。うつ状態が長く続くと、患者さんは「自分は何をしてもだめだ」「病気は治らない」「周囲に迷惑をかけているだけだ」といった思考のループに閉じ込められやすくなります。もちろん、これは本人の性格の弱さではありません。脳のネットワークが、否定的な方向へ固定されやすくなっている状態と考えることもできます。

ケタミンの効果は、この固定された状態に一時的な「ゆるみ」を生じさせるものと理解するとわかりやすいかもしれません。気分が急に明るくなるというより、重く動かなかった思考や感情が少し動き出す、絶望しか見えなかった状態に別の可能性が入り込む、と表現されることもあります。この変化が一過性で終わる場合もあれば、治療環境や精神療法と組み合わせることで、より意味のある回復のきっかけになる場合もあります。

双極性障害のうつ病相に対するケタミン療法の効果

双極性障害のうつ病相に対するケタミン療法の代表的な研究として、2010年のDiazgranadosらの研究があります。この研究では、治療抵抗性の双極性うつ病の患者18名が対象となりました。患者さんはリチウムまたはバルプロ酸を治療域で内服しており、そのうえでケタミン0.5mg/kgを40分かけて点滴する条件と、生理食塩水を点滴するプラセボ条件を比較しました。つまり、ケタミンを単独で使ったのではなく、気分安定薬を継続したうえでケタミンを追加した試験です。

この研究で用いられた主な評価尺度は、MADRSです。MADRSとはMontgomery-Åsberg Depression Rating Scaleの略で、日本語ではモンゴメリー・アスベルグうつ病評価尺度と呼ばれます。うつ病の重症度を評価するために使われる尺度で、悲しさ、内的緊張、睡眠、食欲、集中困難、意欲低下、悲観的思考、自殺念慮などを評価します。合計点が高いほど、うつ症状が重いことを意味します。最大点は60点です。

2010年のDiazgranadosらの研究では、ケタミン投与後40分の時点で、すでにプラセボよりもうつ症状が有意に改善していました。この差は投与後3日まで続きました。効果量は40分後で0.52、1日後で0.67、最も大きかった2日後で0.80でした。効果量とは、治療による変化の大きさを示す統計上の指標です。一般には0.2程度を小さい効果、0.5程度を中等度、0.8程度を大きい効果と考えることが多いため、この研究では短期的には中等度から大きめの効果が示されたといえます。

さらに、MADRSがベースラインから50%以上低下した場合を「反応」と定義すると、ケタミンでは投与後40分で16人中9人、つまり56%が反応を示しました。1日後には16人中7人、つまり44%が反応を示しました。試験期間中のどこかで反応を示した患者さんは、ケタミンでは17人中12人、つまり71%でした。一方、プラセボでは16人中1人、つまり6%でした。これは非常に大きな差です。

ただし、効果が永続したわけではありません。反応した患者さんのケタミン効果は平均6.8日続いたと報告されています。4人は1週間、3人は2週間以上反応が続きましたが、多くの方では数日から1〜2週間のうちに効果が弱まっていきました。したがって、単回投与のケタミンは「長期にわたって症状を抑え続ける治療」というより、「短時間でうつ症状を改善する治療」と理解するのが現実的です。

2012年のZarateらの研究は、この結果を再現する目的で行われました。この研究でも、双極性うつ病の患者15名が対象となり、リチウムまたはバルプロ酸を継続したうえで、ケタミン0.5mg/kgの40分点滴とプラセボが比較されました。この研究では、ケタミン投与後40分でうつ症状と希死念慮が有意に改善し、その効果は3日目まで続きました。試験期間中のどこかで反応を示した患者さんは、ケタミン群で79%、プラセボ群で0%でした。反応までの中央値は40分でした。

この「40分」という数字は、患者さんにとっても医療者にとっても重要です。双極性うつ病のうつ病相では、朝起き上がれない、何も考えられない、消えてしまいたいという感覚が続くことがあります。通常の薬物治療では、数週間単位で経過を見る必要があります。しかし、希死念慮が強い場合や、生活機能が急激に崩れている場合には、数週間待つこと自体が大きな負担になります。ケタミンが注目される理由の一つは、この即効性にあります。

希死念慮への効果

双極性障害では、自殺リスクが高いことがよく知られています。特にうつ病相では、絶望感、自己否定、焦燥感、不眠、混合状態などが重なると、危険性が高まります。したがって、双極性うつ病に対する治療では、単に気分を改善するだけでなく、希死念慮をどのように減らすかが重要です。

ケタミンは、うつ症状だけでなく、希死念慮を急速に軽減する可能性がある点でも研究されてきました。2012年のZarateらの研究では、ケタミン投与後40分で希死念慮にも有意な改善がみられました。効果量は0.98と報告されており、これはかなり大きい効果に相当します。

より大規模な研究として、2022年のAbbarらの研究があります。この研究は、双極性障害、うつ病、その他の精神疾患を含む、強い自殺念慮を持つ入院患者156名を対象にした二重盲検ランダム化比較試験です。治療は、ケタミン0.5mg/kgを40分で点滴し、24時間後にもう一度同じ投与を行う方法でした。主要評価項目は、3日目に自殺念慮が寛解しているかどうかでした。

この研究では、全体として3日目に自殺念慮が寛解した割合は、ケタミン群で63.0%、プラセボ群で31.6%でした。特に双極性障害に限定した解析では、ケタミン群で84.6%、プラセボ群で28.0%が自殺念慮の寛解に至ったと報告されています。この差は大きく、双極性障害における希死念慮への急性効果を考えるうえで重要です。

ただし、この結果を「ケタミンを使えば自殺リスクがなくなる」と理解してはいけません。希死念慮が短期的に軽くなることと、自殺行動を長期的に防ぐことは同じではありません。実際、ケタミンの効果は時間とともに弱まる可能性があります。希死念慮が軽くなった後には、安全計画、家族や支援者との連携、睡眠の安定、薬物治療の調整、心理療法、社会的ストレスの整理が必要です。

ケタミンの価値は、危機的な状態にある患者さんに「治療につながるための時間」を作ることにあると考えると理解しやすいです。死にたい気持ちが少し弱まった瞬間に、今後の治療方針を話し合うことができる。絶望のピークから少し降りた状態で、生活の立て直しや再発予防について考えることができる。その意味で、ケタミンは回復のきっかけになりうる治療です。

複数回のケタミン療法で、希死念慮がさらに改善する可能性がある

単回投与の研究では、効果は速いものの、数日から1〜2週間で弱まることが多いことが示されています。そのため、近年では複数回投与の研究も行われています。多くは、2週間前後に複数回の点滴を行う方法です。

2020年のZhengらの研究では、治療抵抗性双極性うつ病の患者19名に、12日間で6回のケタミン点滴を行いました。初回投与後の反応率は21.1%、寛解率は15.8%でしたが、6回目終了後には反応率73.7%、寛解率63.2%まで上昇したと報告されています。ここでいう反応とは、うつ症状の評価尺度が50%以上改善すること、寛解とは症状がかなり軽くなり、臨床的にうつ病相から抜けたとみなせる状態に近づくことを意味します。

2021年のWilkowskaらの研究では、治療抵抗性双極性うつ病の患者13名に、4週間で8回のケタミン点滴が行われました。この研究では、7回目の点滴後に61.5%の患者さんが反応を示しました。2023年のFancyらの研究では、66名の治療抵抗性双極性うつ病患者に対して、0.5〜0.75mg/kgのケタミンを8〜14日間で4回投与する実臨床に近い研究が報告され、4回終了後の反応率は35%、寛解率は20%でした。

これらの結果を見ると、複数回投与によって効果が蓄積する可能性はあります。ただし、研究によって反応率には差があります。試験の条件、患者さんの重症度、併用薬、過去の治療歴、評価時点が異なるためです。

ケタミン療法による躁転のリスクは

双極性障害の治療で最も注意すべき点の一つが、躁転または軽躁転です。躁転とは、うつ状態から躁状態または軽躁状態に移ることです。睡眠時間が短くても平気になる、活動性が過剰に高まる、話が止まらなくなる、考えが次々に浮かぶ、浪費や衝動的行動が増える、怒りっぽくなる、自分の能力を過大評価する、といった変化がみられます。

ケタミンは急速に気分を動かす可能性があるため、躁転リスクについて慎重に考える必要があります。2010年のDiazgranadosらの研究では、ケタミン投与中に一過性の躁症状スコア上昇を示した患者さんがいましたが、80分後にはベースラインより高い状態ではなくなっていました。また、プラセボ群でも躁症状を示した患者さんがいました。重大な有害事象は報告されていません。

2023年のFancyらのシステマティックレビューでは、双極性うつ病に対するケタミンまたはエスケタミンの研究8本、計235名が検討されました。このレビューでは、ケタミンまたはエスケタミンは多くの参加者でおおむね忍容性が良好でしたが、6名、全体の2%に躁または軽躁症状が生じたと報告されています。

この数字は非常に高いものではありませんが、無視してよいものでもありません。特に、過去に抗うつ薬で躁転したことがある方、急速交代型の経過がある方、混合状態が目立つ方、睡眠不足が続いている方、物質使用の問題がある方では慎重な判断が必要です。また、ケタミンを使用する場合でも、原則として気分安定薬を維持し、睡眠や活動性の変化を丁寧に観察する必要があります。

患者さん自身が注意できるサインとしては、「急に眠らなくても平気になった」「頭が冴えすぎる」「予定を詰め込みすぎる」「お金を使いたくなる」「人に強く言い返したくなる」「自分は何でもできるという感覚が強い」などがあります。治療後にこのような変化がある場合は、気分がよくなったと単純に判断せず、早めに治療方針を再検討する必要があります。。

副作用と安全性

ケタミン投与中には、ふわふわする、眠気が出る、身体から離れたような感じがする、現実感が変わる、時間感覚が変わる、視覚や聴覚が普段と違って感じられる、吐き気、めまい、頭痛、血圧上昇、動悸などの副作用が起こることがあります。特に、解離症状はケタミンに特徴的です。

解離とは、自分の身体や周囲の世界とのつながりが一時的に薄れるような体験です。怖く感じる方もいれば、距離が取れて楽になったと感じる方もいます。医学的には、投与中の解離症状は多くの場合一過性で、投与終了後2時間程度で治まります。

血圧上昇にも注意が必要です。ケタミンは一時的に血圧や脈拍を上げることがあります。そのため、重い心血管疾患、コントロールされていない高血圧、脳血管障害のリスクが高い方では慎重な評価が必要です。投与中は血圧、脈拍、酸素飽和度などを確認する必要があります。

また、ケタミンには乱用リスクがあります。医療環境で、決められた間隔と用量で行う治療と、自己判断で頻回に乱用することはまったく別です。長期に大量使用すると、依存、認知機能への影響、膀胱障害などが問題になることがあります。治療としてのケタミンでは、使用目的、投与間隔、終了基準、効果判定を明確にすることが大切です。

エスケタミンとの違い

ケタミンには、R体とS体という鏡像異性体があります。一般に「ケタミン」と呼ばれるものは、R体とS体が混ざったラセミ体です。一方、S体だけを取り出したものがエスケタミンです。海外では、鼻腔内投与のエスケタミンが治療抵抗性うつ病などに承認されています。

ただし、エスケタミンの承認は主に単極性の大うつ病を対象にしたものであり、双極性障害に対する適応は国や制度によって扱いが異なります。双極性うつ病に対するエスケタミンの研究はまだ限られています。2023年のMartinottiらの研究では、治療抵抗性うつ病35名と治療抵抗性双極性うつ病35名にエスケタミンを使用し、双極性うつ病群でも1か月、3か月で改善がみられました。双極性うつ病群では1か月時点の反応率25.7%、3か月時点の反応率68.57%、寛解率は1か月時点17.14%、3か月時点48.57%と報告されています。ただし、これはランダム化比較試験ではなく、実臨床に近い観察研究です。

したがって、エスケタミンについても、双極性障害では慎重な判断が必要です。単極性うつ病で承認されているからといって、双極性うつ病にも同じように確立した治療であるとはいえません。

どのような患者さんに向いている可能性があるか

ケタミン療法が検討されるのは、一般に、標準的な気分安定薬や抗精神病薬を十分に試しても、うつ病相が改善しない場合です。また、希死念慮が強く、通常の薬物療法だけでは改善までの時間が長すぎると判断される場合にも、慎重に検討されることがあります。

一方で、誰にでも適しているわけではありません。現在躁状態または軽躁状態にある方、混合状態が強い方、幻覚や妄想などの精神病症状が目立つ方、コントロール不良の高血圧や重い心疾患がある方、ケタミンや薬物への依存リスクが高い方では、慎重な判断が必要です。また、双極性障害の診断が不確かで、現在の症状がうつ病相なのか、混合状態なのか、軽躁へ移行しつつあるのかを見極めることも重要です。

治療前には、過去の躁状態・軽躁状態、抗うつ薬による躁転歴、入院歴、自殺企図歴、物質使用、家族歴、現在の睡眠、現在の服薬状況を丁寧に確認する必要があります。

治療後に必要なこと

ケタミンでうつ症状や希死念慮が軽くなった場合、患者さんは「やっと抜け出せた」と感じることがあります。その感覚はとても大切です。しかし、その後の数日から数週間をどう過ごすかが、治療の意味を大きく左右します。

まず、睡眠を守ることが最優先です。双極性障害では、睡眠不足が気分の波を悪化させる重要な要因になります。気分が少しよくなったからといって、夜更かしをしたり、仕事や予定を急に増やしたりするのは危険です。次に、薬物治療を自己判断で変更しないことが重要です。ケタミンで楽になったからといって、リチウム、バルプロ酸、ラモトリギン、抗精神病薬などを急に減らすと、再発や躁転のリスクがあります。

また、希死念慮が軽くなった後には、緊急時の計画を作ることが大切です。危険な時間帯、危険な状況、連絡できる人、受診すべきタイミング、精神科救急につながる基準を具体的に決めておきます。回復しているときにこそ、再び悪化したときの備えを作ることができます。

精神療法では、うつ状態を悪化させていた認知のパターンを整理します。たとえば、「少しでも失敗したら自分には価値がない」「人に迷惑をかけるくらいなら消えた方がよい」「気分がよくなったら一気に遅れを取り戻さなければならない」といった考えです。双極性障害では、うつ病相のときの自己否定だけでなく、回復初期の過活動にも注意が必要です。そのため、治療後の目標は「一気に人生を変える」ことではなく、「安定を保ちながら、少しずつ生活を取り戻す」ことです。

まとめ

双極性障害のうつ病相に対するケタミン療法は、治療抵抗性の患者さんに対して、短時間でうつ症状や希死念慮を軽減する可能性がある治療です。2010年のDiazgranadosらの研究では、ケタミン投与後40分から3日目までプラセボより有意な改善がみられ、試験期間中の反応率はケタミン71%、プラセボ6%でした。2012年のZarateらの研究では、ケタミン79%、プラセボ0%の反応率が報告され、反応までの中央値は40分でした。

複数回投与の研究では、反応率がさらに高まる可能性が示されています。2020年のZhengらの研究では、6回投与後の反応率73.7%、寛解率63.2%が報告されました。一方で、実臨床に近い研究では反応率がより低くなることもあり、2023年のFancyらの研究では4回投与後の反応率35%、寛解率20%でした。研究条件によって結果には幅があります。

安全性については、多くの研究で短期的には比較的忍容性が良好とされていますが、解離、血圧上昇、吐き気、めまい、眠気、現実感の変化などが起こりえます。また、双極性障害では躁転・軽躁転に注意が必要です。2023年のシステマティックレビューでは、躁または軽躁症状は全体の2%に報告されました。低い頻度に見えますが、双極性障害の治療では重要なリスクです。

したがって、ケタミン療法は、双極性障害のうつ病相に対する有望な選択肢ではありますが、標準治療を置き換えるものではありません。気分安定薬を基本に置き、診断、躁転リスク、身体疾患、依存リスク、希死念慮の程度を丁寧に評価したうえで、医療的に管理された環境で行う必要があります。

ケタミンの最も大きな意義は、絶望が強く、治療への希望を持てなくなっている患者さんに、短時間で「少し動ける余地」を作ることかもしれません。その余地を、薬物療法の調整、精神療法、安全計画、生活リズムの再建につなげることで、単なる一時的な気分改善ではなく、回復のきっかけとして活かすことができます。

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