はじめに

ケタミン療法は、従来の抗うつ薬とは異なる仕組みを通じて、比較的早期にうつ症状を軽減する可能性がある治療法です。一方で、すべての患者さんに同じ程度の効果が現れるわけではありません。「どのような人が改善しやすいのか」「精神療法を組み合わせると効果が高まるのか」は、現在も研究が続いている重要な課題です。

本記事では、2026年にKostedらが『Journal of Affective Disorders』に発表した論文「Age-related moderation of adjunctive psychotherapy and early life stress effects on depression symptom reductions following ketamine treatment」をもとに、ケタミン治療後のうつ症状の変化が、年齢、幼少期のストレス体験、精神療法の併用によってどのように異なったのかを解説します。

この研究は、厳密な条件下で行われた無作為化比較試験ではなく、米国の民間クリニックで実際に治療を受けた患者さんの診療データを解析した「自然観察研究」です。日常診療に近い情報が得られる一方、結果をそのまま因果関係として解釈できない点には注意が必要です。

研究では224人の治療経過を解析

解析対象は、米国テキサス州のケタミンクリニックで、少なくとも5回の静脈内ケタミン点滴を受けた224人でした。

使用するケタミン用量は原則として0.5mg/kgから開始され、反応に応じて調整されました。多くの患者さんでは、各点滴で0.5~1mg/kgの範囲が用いられています。治療期間はおおむね4~6週間でした。

224人のうち167人はケタミン点滴のみを受け、57人は点滴に精神療法を組み合わせた「ケタミン併用精神療法(KAP)」を選択しました。ただし、どちらを受けるかは無作為に割り当てられたのではなく、患者さん自身が選択しています。

KAPを選択した患者さんは、最初に少なくとも2回、各1時間の準備面接を受けました。点滴当日は、事前の準備、点滴中のセラピストの同席、体験後の振り返りが行われ、必要に応じて別日に統合セッションを受けることもできました。一方、点滴のみの群では、誘導された一人での瞑想、ケタミン点滴、医療スタッフによる診察という流れでした。

うつ症状を測定したPHQ-9とは

うつ症状の評価には、PHQ-9という質問票が使われました。

PHQ-9は、気分の落ち込み、興味や喜びの低下、睡眠、食欲、疲労感、集中力、自責感、動作の変化、死についての考えなど、うつ病に関連する9項目を本人が回答する尺度です。

合計点は0~27点で、一般に点数が高いほど症状が強いことを示します。目安として、5~9点は軽度、10~14点は中等度、15~19点は中等度から重度、20点以上は重度に相当します。

ただし、PHQ-9だけでうつ病の診断や治療方針が決まるわけではありません。実際には診察を通じて、生活や仕事への影響、これまでの経過、身体状態、希死念慮の有無などを総合的に評価します。

この研究では、各点滴の直前にPHQ-9が行われました。したがって、最終評価は5回目の点滴を受ける直前であり、主として最初の4回の点滴後に生じた変化を表しています。

PHQ-9は平均4.4点低下した

治療開始時のPHQ-9は平均11.5点で、集団全体としては中等度のうつ症状に相当しました。

統計モデルによる解析では、治療開始前から5回目の点滴前までに、PHQ-9は平均4.4点低下していました。単純計算では、平均11.5点から7点前後まで低下したことに相当します。ただし、これは集団全体を統計的に調整した平均値であり、すべての患者さんが同じように4.4点改善したという意味ではありません。大きく改善した人もいれば、変化が小さかった人も含まれます。

また、改善幅は治療の前半ほど大きく、その後は次第に緩やかになる傾向が認められました。つまり、点滴を重ねるたびに同じ幅で直線的に改善するのではなく、初期に比較的大きな変化が起こり、その後は頭打ちに近づく経過です。

精神療法を併用しても、全体では改善幅に明確な差はなかった

次に研究者らは、ケタミン点滴のみの群とKAP群を比較しました。

その結果、4~6週間の治療期間全体では、PHQ-9の改善経過に明確な差は認められませんでした。

この結果だけを見ると、「精神療法を組み合わせても意味がない」と受け取られるかもしれません。しかし、その解釈は適切ではありません。

第一に、この研究は無作為化試験ではなく、精神療法を受けるかどうかを患者さんが選んでいます。KAPを選んだ人と点滴のみを選んだ人では、治療への期待、経済状況、症状の特徴、精神的課題などが、治療開始時点から異なっていた可能性があります。

第二に、併用された精神療法は、統一された認知行動療法などではなく、セラピストによって内容が異なる構造化のされていない精神療法でした。

第三に、観察期間は4~6週間と短く、精神療法の効果が現れるには十分でなかった可能性があります。研究者らも、より長期間、標準化された精神療法を用いた無作為化試験が必要だと述べています。

したがって、この研究が示したのは、「今回の条件では、精神療法併用による追加の症状改善を確認できなかった」ということです。

精神療法そのものの意義や、ケタミン体験を安全に整理し、生活上の変化につなげる役割まで否定したものではありません。

幼少期のストレスが多い人ほど改善幅が大きかった

この研究では、幼少期の逆境体験をACE質問票で評価しました。

ACEは「Adverse Childhood Experiences」の略で、18歳未満に経験した虐待、ネグレクト、家庭内の問題などを尋ねる指標です。一般的なACE質問票では、該当する体験の種類を合計し、0~10点で表します。

解析の結果、ACE得点が1点高いごとに、治療期間を通じたPHQ-9の低下幅が、統計モデル上0.6点大きいという関連が認められました。

たとえば、他の条件が同じであると仮定すると、ACE得点が0点の人と4点の人では、モデル上の改善幅に約2.4点の差が生じる計算です。

ただし、これは集団データから得られた平均的な関連であり、ACE得点だけで個人の治療効果を予測できるわけではありません。

また、幼少期のつらい体験が多いほど必ずケタミンが効く、という意味でもありません。ACE質問票は体験の有無を大まかに数える尺度であり、体験の深刻さ、持続期間、本人にとっての意味、現在の生活環境などを十分には表せません。

年齢によって精神療法併用の傾向が異なる可能性

解析では、年齢が治療法と効果の現れ方に関係している可能性が示されました。

比較的若い患者さんでは点滴のみの方がKAPより改善が大きく、逆に年齢が高い患者さんではKAPの方が改善しやすい傾向が認められました。

さらに、ACE得点が高い人ほど改善幅が大きいという関連は、若い患者さんで特に強く、年齢が高くなるにつれて弱まり、高年齢層では反対方向に変化する可能性も示されました。

ただし、これらは研究開始時から主要な仮説として厳密に検証された結果ではなく、追加的に行われた解析です。効果の大きさも比較的小さく、「何歳以上なら精神療法を併用すべき」といった明確な年齢境界は示されていません。

著者らも、現時点でこの結果を個々の治療選択に直接用いるべきではないと強調しています。

なぜ年齢による違いが生じたのかは不明です。年齢による脳の可塑性、精神療法への参加の仕方、人生経験、治療への期待、幼少期の体験を振り返る意味の違いなど、複数の要因が考えられますが、この研究だけでは説明できません。

この研究の結論

第一に、実臨床の224人では、ケタミン点滴を重ねるにつれてPHQ-9が平均4.4点低下し、改善は治療前半で特に大きい傾向がありました。ケタミン療法が比較的早期に症状を軽減する可能性を、日常診療に近いデータでも支持する結果です。

第二に、幼少期の逆境体験が多い人でも、ケタミン治療による改善が妨げられるとは限りません。むしろ今回の集団では、ACE得点が高いほど改善幅が大きいという関連が認められました。幼少期の体験があることを理由に、ケタミン療法の効果を悲観する必要はないことを示唆します。

第三に、精神療法の併用効果は、単純に「ある」「ない」と結論づけられる段階ではありません。

今回の短期間かつ構造化されていない精神療法では、集団全体として点滴単独を上回る効果は確認されませんでした。しかし、年齢によって異なる可能性があり、症状の軽減以外にも、治療体験の整理、自己理解、対人関係や生活上の課題への取り組みなど、精神療法には別の目的があります。

研究の限界

この研究には重要な限界もあります。

治療法が無作為に割り当てられていないため、KAPと点滴単独の差を公平に比較できたとは限りません。対象は米国の単一の民間クリニックで治療を受け、少なくとも5回の点滴を完了した人に限られています。途中で治療を中断した人の経過は十分に反映されていない可能性があります。

また、開始時のPHQ-9は平均11.5点であり、重症うつ病や非常に強い希死念慮を有する患者さんに同じ結果が当てはまるとは限りません。

精神療法の内容も統一されておらず、点滴のみの群が別の医療機関で精神療法を受けていた可能性も残ります。観察期間も4~6週間に限られ、効果の持続、再発予防、長期的な生活機能の変化は評価できません。

まとめ

Kostedらの研究では、5回の静脈内ケタミン治療を受けた224人を解析し、5回目の点滴前までにPHQ-9が平均4.4点低下していました。幼少期の逆境体験を示すACE得点が1点高いごとに、改善幅は統計モデル上0.6点大きくなりました。

一方、精神療法を併用したKAPは、集団全体では点滴単独を上回る明確な症状改善を示しませんでした。ただし、若い患者さんと高年齢の患者さんでは傾向が異なる可能性があり、この結果は今後の研究につながる初期的な手がかりといえます。

ケタミン療法の効果は、年齢や過去の体験だけで決まるものではありません。現在の症状、これまでの治療歴、身体状態、併存症、心理的課題、生活環境、治療に期待することを丁寧に確認し、薬物療法と精神療法をどのように組み合わせるかを個別に検討することが重要です。

参考文献

Kosted R., Waddell A., Adolph K., Fonzo G. A. Age-related moderation of adjunctive psychotherapy and early life stress effects on depression symptom reductions following ketamine treatment: Initial insights from a large, naturalistic sample. Journal of Affective Disorders. 402:121350. 2026.