はじめに
前の記事では、対象関係論について解説しました。対象関係論は、重要な他者との関係が心の中に取り込まれ、自己像や他者像の形成にどのような影響を与えるのかを考える理論です。
今回取り上げる自己心理学も、人との関係を通じた心の発達を重視します。しかし、その中心にあるのは、「自分が一人のまとまった人間であるという感覚」や「自分には一定の価値があるという感覚」が、どのように育ち、保たれるのかという問題です。
自己心理学を理解するうえで重要なのが、自己愛という言葉です。
世間では、自己愛という言葉が、うぬぼれ、自己中心性、自慢、他者への無関心などと同じ意味で使われることがあります。そのため、自己愛は少ないほどよく、精神的に成熟すれば必要なくなるものだと思われがちです。
しかし、自己心理学では、自己愛を決して否定的なものだけとは考えません。
自分を大切な存在だと感じること、自分の努力を認めること、将来の目標を持つこと、失敗しても自分の価値を完全には失わないことには、健全な自己愛が必要です。
自己愛はなくすべきものではなく、他者との関係の中で適度に満たされ、現実に合った形へ成長していく必要のある心の働きなのです。
自己心理学とは何か
自己心理学は、精神分析医のハインツ・コフートによって、20世紀後半のアメリカで発展した精神分析理論です。
従来の精神分析では、無意識の欲求や葛藤、防衛機制などが重視されていました。患者さんの症状や言動の背景に、本人が意識していない欲求や、それを抑えようとする心の働きがあると考えたのです。
コフートは、こうした視点だけでは十分に理解できない患者さんがいることに注目しました。
表面上は自信に満ちているように見えても、わずかな批判によって深く傷つく人がいます。周囲から評価されている間は活発に行動できても、評価を失うと、自分が空っぽになったように感じる人もいます。
また、他者を強く理想化し、その人とのつながりによって自信を保っていたものの、相手の欠点を知った途端に強く失望し、自分自身の価値まで失ったように感じる人もいます。
コフートは、こうした苦しさを、単に強い欲求や未熟な防衛によるものとして理解するのではなく、自己のまとまりを保つ働きが十分に育っていない状態として捉えました。
自己心理学では、次のような力がどのように育つかを考えます。
- 自分が自分であるという感覚
- 自分には一定の価値があるという感覚
- 失敗や批判から立ち直る力
- 自分なりの目標や理想を持つ力
- 感情を落ち着かせる力
- 他者とつながりながら自分らしくいられる力
国際精神分析学会は、自己心理学を、自己感覚と自己愛の発達・調整に焦点を当て、養育者や治療者による共感的な応答と自己対象体験を重視する理論として紹介しています。
自己心理学における「自己」とは
自己心理学における自己は、日常語でいう性格や、自分についての評価だけを意味するものではありません。
自己とは、「過去から現在まで同じ自分が続いている」「自分の考えや感情は自分のものである」「自分には一定の価値がある」と感じられる、心のまとまりです。
自己が安定している人も、失敗すれば落ち込みます。批判されれば傷つき、他者から認められれば嬉しく感じます。
しかし、失敗したからといって、それまでの自分の努力や能力がすべて消えたとは感じません。ある人から否定されても、すべての人から拒絶されたと決めつけずに済みます。
たとえば、仕事で大きなミスをしたときに、「今回の判断には問題があった。反省して改善しよう」と考えられる状態では、失敗した行動と、自分という人間全体をある程度分けて捉えられています。
一方、自己のまとまりが不安定な場合には、一度の失敗から、「自分には何の能力もない」「これまでの成功もすべて偶然だった」「自分には存在する価値がない」と感じることがあります。
反対に、賞賛を受けている間は、自分を非常に優れた特別な存在だと感じることもあります。
この場合、誇大感と無価値感は正反対の状態に見えますが、どちらも自分の価値を安定して保ちにくいことの表れである可能性があります。
安定した自己とは、常に自信に満ちている状態ではありません。自信を失うことがあっても、時間の経過や他者からの支えによって、自分のまとまりを取り戻せる状態です。
自己愛は健全な心の成長に必要である
自己愛という言葉は、しばしば「自分だけを愛すること」と理解されます。しかし、健全な自己愛は、他者を軽視したり、自分だけを特別扱いしたりすることとは異なります。
健全な自己愛には、次のような働きが含まれます。
自分の努力や成長を認めること、自分の喜びを素直に感じること、自分には一定の価値があると思えること、将来の目標や理想を持つこと、そして失敗しても自分の存在全体を否定しないことです。
たとえば、試験に合格した子どもが、「頑張った成果が出て嬉しい」と感じることは、健全な自己愛の表れです。
仕事で成果を上げた大人が、自分の努力を適切に評価することも同様です。自分の成功を喜ぶことと、他者を見下すことは同じではありません。
また、健全な自己愛が育っている人は、他者の力を借りることもできます。
つらいときに助けを求めることは、自立していないことを意味しません。自分の限界を認め、必要な支援を受けることも、自分を大切にする行動です。
自己愛が適度に満たされていると、自分の価値を証明するために、常に他者より優れている必要がなくなります。他者の成功を見ても、嫉妬したり、自分の価値が失われたとは感じにくくなります。
これに対して、自己愛が非常に不安定な場合には、他者の成功が自分への脅威として感じられることがあります。自分の価値を保つために、相手の成果を否定したり、相手を見下したりする場合もあります。
つまり、自己中心的な態度が目立つからといって、自己愛が十分に満たされているとは限りません。むしろ、自分の価値を内側から安定して感じられず、外からの賞賛によって補い続ける必要がある可能性があります。
自己心理学は、自己愛を抑え込むべき欲求としてではなく、適切に育てられ、現実的な自尊心、創造性、目標、共感などへ発展する心の力として捉えます。
自己対象とは何か
自己心理学における重要な概念の一つが、自己対象です。
自己対象という言葉は、少し理解しにくいかもしれません。「自分自身を対象として見る」という意味ではありません。
自己対象とは、自分の自己を支え、自己愛を満たす対象を表します。ここでいう対象とは、心の中にある重要な他者像のことです。
たとえば、幼い子どもは、自分だけで自尊心を保ったり、強い感情を落ち着かせたりすることができません。
子どもが不安になったとき、養育者が落ち着いた声で話しかけ、抱きしめてくれることで安心します。何かを達成したときに養育者が一緒に喜ぶことで、「自分の喜びには意味がある」「自分は大切にされている」と感じます。
このとき養育者は、単なる外部の人物ではなく、子どもの感情を調整し、自己のまとまりを保つ働きの一部を担っています。
発達とともに、子どもは他者に支えてもらっていた働きを、少しずつ自分の内側へ取り込んでいきます。この内在化された、自己の安定化に貢献する他者像のことを自己対象と呼びます。この自己対象の存在により、養育者が実際にそばにいなくても、ある程度は自分で感情を落ち着かせ、自分の価値を保てるようになります。
しかし、大人になれば自己対象が不要になるわけではありません。
落ち込んだときに友人から理解してもらうこと、尊敬する人から方向性を得ること、同じ価値観を持つ仲間とのつながりを感じることは、成人後も自己を支えます。
精神的に成熟するとは、誰の助けも必要としなくなることではありません。他者に支えられながらも、その相手に完全に依存せず、自分でも自己を支えられるようになることです。
自己を育てる三つの自己対象体験
コフートの自己心理学では、自己の発達を支える代表的な自己対象として、鏡映自己対象、理想化自己対象、双子・分身自己対象が挙げられます。
これらは、三種類の人間を分類する言葉ではありません。一人の相手が、状況によって複数の自己対象機能を担うこともあります。
鏡映自己対象―自分の喜びや価値を認めてもらう体験
鏡映自己対象とは、自分の喜び、達成、努力、傷つきなどを相手に受け止めてもらい、「自分の体験には意味がある」と感じることを支える自己対象です。
たとえば、子どもが描いた絵を嬉しそうに見せたとします。
養育者が絵の上手さだけを評価するのではなく、「一生懸命描いたんだね」「この部分が気に入っているんだね」と子どもの喜びに関心を向けると、子どもは自分の経験が相手に伝わったと感じます。
運動会で頑張った子どもに対して、「一番になってすごい」と結果だけを褒めるのではなく、「練習を続けていたものね」「最後まで走り切れて嬉しそうだね」と応じることも鏡映的な体験です。
成人にも鏡映自己対象は必要です。
仕事で苦労して完成させた成果を同僚から理解してもらうこと、つらい経験を友人から「それは苦しかったと思う」と受け止めてもらうことによって、自分の努力や感情が確かなものとして感じられます。
ただし、鏡映とは、どのような行動も褒め、本人の希望をすべて肯定することではありません。
「あなたが悔しいと感じていることは分かる。しかし、相手を傷つける行動は認められない」と伝えることも可能です。感情や体験を理解することと、すべての行動を許容することは別だからです。
理想化自己対象―安心して頼り、目標にできる存在
理想化自己対象とは、自分よりも落ち着き、力、知恵を持つと感じられる相手とつながることで、安心感や方向性を得る自己対象です。
小さな子どもにとって、養育者は自分より大きく、世界を理解している存在です。
雷を怖がる子どもが、落ち着いた養育者のそばにいることで安心することがあります。子どもは、自分だけでは処理できない恐怖を、養育者の落ち着きとのつながりによって調整しています。
学校では、尊敬する教師や先輩を見て、「自分もこの人のようになりたい」と感じることがあります。その人が体現している知識、強さ、誠実さなどが、子どもや青年の理想の形成を助けます。
成人後も、信頼できる指導者、医師、先輩、思想家などとの関係から、安心感や目標を得ることがあります。
理想化すること自体が未熟なのではありません。重要なのは、発達とともに相手の限界を認められるようになることです。
「尊敬していた人にも欠点がある」と分かったとき、その人を完全に無価値な存在とみなすのではなく、相手から学んだ価値や理想を自分の中に残せることが、自己の成長につながります。
双子・分身自己対象―自分と似た仲間がいる体験
双子・分身自己対象とは、自分と似た感覚、関心、価値観、経験を持つ人がいると感じることで、「自分は人間の世界に属している」と実感することを支える自己対象です。
たとえば、周囲の子どもが興味を持たない分野に強い関心を持ち、自分だけが変わっていると感じていた子どもがいたとします。
その子どもが、同じ趣味を持つ友人に出会うと、「自分だけではなかった」と安心できます。相手と同じであることを通じて、自分のあり方が受け入れられるものだと感じられるのです。
成人でも、同じ職業の仲間、同じ病気を経験した人、子育て中の親、同じ文化的背景を持つ人との交流が、双子・分身的な体験になります。
たとえば、仕事の特殊な苦労を同業者に理解してもらったとき、問題が解決しなくても、「この感覚を分かる人がいる」という安心が生じます。
ただし、成熟した双子・分身体験では、相手と完全に同じである必要はありません。
似ている部分を喜びながら、考え方や経験の違いも認められることが大切です。相手との違いを感じた途端に強く拒絶する場合には、自己の安定を保つために、完全な一致が必要になっている可能性があります。
適度な欲求不満は自己の成長に必要である
子どもの健全な自己を育てるためには、自己対象欲求つまり自己愛をすべて完全に満たし続ける必要があるのでしょうか。
コフートは、そうは考えませんでした。
どれほど愛情深い養育者であっても、子どもの気持ちを毎回完全に理解することはできません。忙しくてすぐに応じられないこともあれば、子どもの望みをかなえられないこともあります。
このような小さな行き違いや失望のうち、子どもが耐えられる範囲のものを、自己心理学では適度な欲求不満と呼びます。
たとえば、子どもが新しいおもちゃを欲しがったとき、養育者が毎回すぐに買い与えるとは限りません。
子どもはがっかりし、怒るかもしれません。養育者がその気持ちを「欲しかったから悔しいよね」と受け止めながらも、「今日は買わない」と限界を示すことで、子どもは、欲求が満たされなくても関係そのものが失われるわけではないと学びます。
また、子どもが発表会で失敗したとき、養育者が「あなたは完璧だった」と現実を否定して励ますのではなく、「うまくできなくて悔しかったね。でも、練習して舞台に立てたことは大切だと思う」と応じることがあります。
子どもは失敗という現実に触れながらも、自分の価値がすべて失われたわけではないと感じられます。
このような経験を繰り返すことで、それまで他者に担ってもらっていた自尊心や感情の調整機能を、少しずつ自分の中へ取り込んでいくと考えられています。
ただし、「適度な欲求不満が必要だから、子どもを意図的に無視した方がよい」という意味ではありません。
共感される経験が土台としてあり、その関係の中で避けられない小さな失望が起こり、必要に応じて関係が修復されることが重要です。
子どもの力を超える強い拒絶や、慢性的な無関心は、適度な欲求不満とは異なります。何が「適度」であるかは、子どもの年齢、気質、その時点の状態、周囲から得られる支えによって変わります。
自己対象体験が十分でないと何が起こるのか
鏡映、理想化、双子・分身といった自己対象が十分に得られなければ、必ず精神疾患になるわけではありません。
人の心の発達には、生まれつきの気質、家族以外の人間関係、学校や職場での経験、その後に出会った友人や支援者など、さまざまな要因が影響します。
幼少期に十分な体験を得られなかったとしても、その後の人間関係や治療を通じて、新たな自己対象体験を得ることは可能です。
しかし、自己を支える体験が長く不足すると、自分の価値やまとまりを内側から保つことが、やはり難しくなる可能性があります。
たとえば、他者から高く評価されている間は自信を持てても、評価がなくなると急に自分の価値が分からなくなることがあります。
仕事や学業で成功し続けていても、心の中には慢性的な空虚感があり、「成果を出さなくなった自分には何も残らない」と感じる人もいます。
鏡映的な体験が乏しい場合には、他者から繰り返し賞賛されなければ、自分の価値を実感できないことがあります。
理想化できる相手との安定した関係が乏しい場合には、自分を導き、安心させてくれる強い人物を求め、その相手に過度に依存することがあります。相手の欠点を知ると、深く失望し、突然関係を断つ場合もあります。
双子・分身的な体験が乏しい場合には、多くの人と交流していても、「誰にも本当の自分は理解されない」「自分は人間の集団に属していない」という孤独を感じることがあります。
ただし、こうした状態だけから、幼少期に何があったのかを断定することはできません。
現在の職場環境、人間関係、喪失体験、身体疾患、睡眠不足、うつ病なども、空虚感や自尊心の低下を引き起こします。自己心理学による理解は、患者さんの体験を考えるための一つの仮説として用いる必要があります。
自己心理学は自己愛性パーソナリティ障害の理解を助ける
自己心理学は、自己愛性パーソナリティ障害の心理を理解するための重要な理論の一つです。
自己愛性パーソナリティ障害は、単に自分を好きな人や、自信のある人を指す診断ではありません。
米国精神医学会は、自己愛性パーソナリティ障害の中心的な特徴を、広範な誇大性、賞賛を求める傾向、共感の乏しさを含む持続的な性格傾向として説明しています。こうした特徴によって、本人の生活や人間関係に継続的な困難が生じていることが診断では重要です。
自己愛性パーソナリティ障害のある人は、自分が特別で優れた存在だと強調したり、周囲から賞賛されることを強く求めたりする場合があります。
他者よりも優先的に扱われることを当然と感じたり、自分の目的のために他者を利用したりすることもあります。
このような特徴だけを見ると、本人は自分を非常に高く評価しており、自己愛が過剰に満たされているように見えるかもしれません。
しかし自己心理学では、その内側に、自分の価値を安定して保ちにくい脆さがある可能性を考えます。
周囲から賞賛されているときには誇大的な自己像を保てても、批判、失敗、加齢、地位の低下などによって、その自己像が急激に崩れることがあります。
わずかな指摘を、自分の存在全体への侮辱として受け取り、強い怒りを感じる場合もあります。反対に、深い羞恥心や無価値感に陥り、人との関わりを避ける場合もあります。
コフートの理論では、誇大的な態度や賞賛への強い欲求を、単なる傲慢さとして非難するのではなく、不安定な自己のまとまりを維持しようとする試みとして理解します。
また、自分の自己を保つことに多くの心の力を使っていると、他者を独立した感情や事情を持つ人間として理解する余裕が失われ、共感が難しくなる場合があります。
ただし、心理的な背景を理解することと、他者を傷つける行動を容認することは異なります。
本人が傷つきや脆さを抱えていたとしても、他者への侮辱、支配、搾取などが正当化されるわけではありません。治療では、本人の苦しさを理解すると同時に、行動が周囲へ与える影響も扱う必要があります。
また、自己愛性パーソナリティ障害の成り立ちを、養育者の共感不足だけで説明することはできません。気質、遺伝的要因、発達上の経験、家族や社会の環境など、複数の要因が関係すると考えられます。
自己心理学は診断方法そのものではなく、誇大感や賞賛への欲求の背後で、本人の自己がどのように保たれているのかを理解するための理論的な枠組みです。
自己心理学は治療にどのように生かされるのか
自己心理学に基づく治療では、共感が重視されます。
ここでいう共感は、患者さんの意見にすべて賛成することでも、あらゆる行動を肯定することでもありません。
患者さんの立場から見たときに、なぜその出来事がこれほど傷つくものだったのか、なぜ特定の相手をこれほど必要としているのか、なぜ怒りや空虚感が生じたのかを理解しようとする姿勢です。
コフートは、共感を、他者の内的な体験を理解するための中心的な方法として位置づけました。国際精神分析学会の辞典でも、共感は自己と自己対象の関係を理解する、自己心理学の基本的な概念とされています。
たとえば、患者さんが職場で軽い注意を受けた後、「自分は完全に無能だ」と感じ、仕事を辞めようとしているとします。
治療者がすぐに「考えすぎです」「気にしなければよい」と伝えるだけでは、患者さんがなぜそれほど深く傷ついたのかを理解できません。
自己心理学的な治療では、今回の注意が患者さんにとって、単なる仕事上の指摘ではなく、自分の価値全体を否定されたような体験になった可能性を考えます。
そのうえで、現在の出来事と自己評価全体を少しずつ分け、失敗や批判があっても自己のまとまりを保てるようにしていきます。
治療者との関係にも、三つの自己対象欲求が現れることがあります。
患者さんが治療者に、自分の努力や苦しみを理解してほしいと強く求める場合には、鏡映的な欲求が関係しているかもしれません。
治療者を非常に優れた人物として理想化し、その治療者とのつながりによって安心する場合には、理想化自己対象の働きが現れている可能性があります。
治療者との共通点を見つけ、「先生も自分と同じように感じるのではないか」と確認したくなる場合には、双子・分身的な欲求が関係することがあります。
治療者は、こうした欲求を幼稚な依存としてすぐに否定するのではなく、患者さんの自己がどのような支えを必要としているのかを理解する手がかりとします。
一方で、治療者が患者さんを常に完全に理解し、すべての期待に応えることはできません。
治療者の言葉が患者さんの意図とずれたり、患者さんが理解されなかったと感じたりすることもあります。
自己心理学では、このような行き違いを単なる治療の失敗とは考えません。治療関係の中で何が傷つきとなったのかを話し合い、理解し直す過程そのものが、自己の発達を助ける可能性があります。
患者さんは、相手と行き違っても関係がすぐに壊れるわけではないこと、理解されない瞬間があっても自分の体験の価値が失われるわけではないことを、治療関係の中で少しずつ経験します。
治療の目的は、患者さんが他者からの承認を一切必要としなくなることではありません。
他者から適切な支えを受けながらも、評価や賞賛が得られないときに自己が完全には崩れず、自分でも自分を支えられるようになることを目指します。
おわりに
自己心理学は、自分が一人のまとまった存在であるという感覚、自尊心、理想、目標、他者とのつながりがどのように育つのかを考える理論です。
自己愛は、うぬぼれや自己中心性だけを意味するものではありません。
自分の努力を認めること、自分の成功を喜ぶこと、自分には一定の価値があると感じること、失敗しても自分のすべてを否定しないことには、健全な自己愛が必要です。
この自己愛の発達を支えるのが、自己対象体験です。
鏡映自己対象は、自分の喜びや価値を他者に認めてもらう体験を支えます。理想化自己対象は、安心して頼り、目標にできる相手とのつながりを与えます。双子・分身自己対象は、自分と似た人がいるという安心や所属感を支えます。
子どもの欲求がすべて完全に満たされる必要はありません。
共感的な関係を土台として、耐えられる範囲の失望を経験し、その後に関係が修復されることで、他者に担ってもらっていた心の働きを少しずつ自分の中へ取り込んでいきます。
自己愛性パーソナリティ障害では、誇大的な態度や賞賛を求める言動が目立つことがあります。しかし、その背後には、批判や失敗によって大きく揺れる自尊心や、自己のまとまりを保つ難しさが存在する場合があります。
自己心理学は、このような言動を単に傲慢な性格として批判するのではなく、その人が自己をどのように支えようとしているのかを理解する視点を与えます。
ただし、自己心理学の概念は、血液検査や画像検査のように直接確認できるものではありません。自己愛や自己対象という言葉を患者さんへ機械的に当てはめ、その生育歴や性格を決めつけることはできません。
自己心理学は、人の心を理解するための一つの理論的な枠組みです。その人の気質、身体や脳の働き、現在の環境、その後の人間関係なども含め、個別に理解することが大切です。
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